可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 ハウゼンランドのリノルアース姫は赤みがかった金の髪に、青く澄んだ瞳、肌は新雪のように白く、十五歳でありながらも立派な淑女だという。


 そう噂されている『リノルアース姫』の半分以上がその双子の兄にしてハウゼンランド第一王位継承者であるアドルバードが扮したものだと知っている人は数少ない。





「レイ!」
 少し高めの、中性的な声が背後から聞こえ、呼ばれた騎士は振り返る。
 銀色の髪は以前よりもほんの少し伸びて、肩に触れそうで触れない長さで揺れている。
 知人でいなければ以前は間違いなく男性だと思うであろう――しかし今はその少し伸びた髪のおかげだろうか、間違われる回数が少し減った。彼女にしてみればどうでもいいことなのだが、彼女の主であるアドルバードが激昂するのだ。
 駆け寄って来たのは予想通り、ハウゼンランドの王子でありレイの主人である、アドルバードだった。
「……アドル様。確か今は政治の講義を受けているはずだと思いましたが、私の記憶違いでしょうか」
 記憶違いではないことくらいは分かっている。送り届けたのは他ならぬレイなのだから。
「い、いや。おまえが正しい。それよりも話が…」
 レイの眼光に腰が引けながらも自分の主張をするのはアドルバードの昔からの癖みたいなものだ。
「お話ならば後ほど。私は逃げ隠れもしませんので、どうぞご安心ください。」
 そう言いながらアドルバードの腕を掴み、教師がいるはずの部屋へと連行する。
 いつもなら大人しくされるがままレイに連行されるアドルバードが、珍しく暴れまわった。
「嫌だ! それどころじゃない! 親父が俺を他国に売り渡すかもしれない!」
「何を親不孝なことをおっしゃってるんですか。国王陛下はきちんとアドル様のことを考えていらっしゃるじゃありませんか」
「あのな!」
 アドルバードが腕を振り解き、立ち止まる。
「あの親父は俺に縁談なんか持ってきやがったんだぞ!」
 ほんの一瞬だけ、レイが息を呑んだ。
 そのわずかな変化を捉えられるのはアドルバードくらいなものだろう。
「……確かに、アドル様くらいの年齢になれば婚約者を決めるのが普通でしょうし」
 というよりは、十五歳になるまで婚約者の一人もいなかった方が、変なくらいだ。曲がりなりにもアドルバードは一国の跡継ぎなのだから。
「結婚相手くらい自分で決める! それに人数が半端じゃない!」
「……どういうことです? ハウゼンランドは一夫多妻制ではありませんよ。アドル様は法律でも変えるおつもりですか?」
「だから俺は関係ないし後宮なんていらないし妻は一人でいいしそれだってっ」
 と言ったところでアドルバードが慌てて自分の手で口を塞いだ。
 真っ赤になった顔からその続きなんて簡単に推測できた。
「……私の身長を越してから、と条件をつけたのはあなたですからね。アドル様」
 別に、そんなこと私は気にしていないのに。
「わわわわわ分かってる! 別に俺は何も言ってないし結婚するのはおまえに決めてるなんて言ってないし!」
「言ってませんでしたけど、今言ってます」
 冷静にレイが指摘すると、アドルバードはますます顔を赤く染め上げた。
「アドル様、もうどうせお互いに隠すのも意味ないことですから気になさらなくて結構ですよ。それよりもきちんと現状を説明してくださいませんか?」
 隠すのも意味ないって、口から出してるのは俺ばっかりじゃないか、とアドルバードはぶつぶつと不満を呟く。
「身長を越してから――」
「ああもう分かってる! 条件つけたのは俺だよ! それまで俺はおまえの主だし、おまえは俺の騎士だ! それでいいだろ!」
 怒ったように言い切って、アドルバードは一度呼吸を整える。
「親父が、縁談を持ってきた」
「それは先ほど聞きました。人数が半端じゃないというのは?」
 レイが質問すると、アドルバードは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「……つまりは候補になったあちこちのお姫様を何十人と集めるらしい」
「正確な人数は?」
「今のところ……にじゅうさんにん……」
 最後のほうが力なく、弱々しくなっていったのは精神的な問題だろう。
「それは随分とかき集めましたね。弱小国のハウゼンランドが」
「……この間のアルシザスとの同盟で、一気に大陸中に知れ渡ったからな。今じゃリノルの名前と一緒に大陸中の噂の的」
 数ヶ月前に、アドルバードは大陸屈指の大国であるアルシザスとの同盟を結んできた。その裏事情はいろいろとあるのだが、まぁそれはおいて置く。
「それで、姫君方はいつ?」
「来週から、続々と集まってくる」
「よくここまで隠せましたね、陛下も」
 アドルバードだけならまだしも、レイにも今の今まで隠し通したのだ。いつもの穏やかな国王からは想像できないような行動っぷりだ。
「アドル様も、嫌なら嫌だと陛下に申し上げればよいでしょう」
「……もし嫌だと言っても叶わなかった時どうするんだよ」
 まったく、子供みたいなことを言うとレイはため息を吐き出す。
「その時は……そうですね」
 駆け落ちでもしましょうか。
 そんな冗談も思い浮かんだが、アドルバードだと実行に移しかねないのでレイは言わずにおいた。
「アドル様には女装癖があるので止めたほうがよいですよ、とお相手に進言します」
「趣味じゃないだろ!あれはリノルの為にしょうがなくて……!」
「では妹の為に女装するほどのシスコンですとでも言いましょうか?」
「女装から離れろ!」
 間髪入れずに怒鳴り返すアドルバードにレイは顔色一つ変えずに続ける。
「用は、相手全員にこんな王子との婚約は嫌だと思わせればいいんでしょう」
「なんだそれ! 俺の評判ガタ落ちか!?」
 それが一番簡単な方法だというのにアドルバードは不満らしい。


「……大丈夫ですよ」


 たとえ相手が誰であろうとも。
 あなたを害するすべてから。


「私が、あなたを護りますから」




「――――――…………」
 ふて腐れたような、気恥ずかしいような、そんな顔でアドルバードがそっぽを向く。
「アドル様?」
「…………たまには俺にそのセリフを言わせろ、馬鹿」


 くすり、とレイが思わず笑う。
 いじけていたのか、嬉しいのか、そのすべてが織り交ざったような表情で。



「駄目ですよ、私の特権ですから」








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