可憐な王子の騒がしい恋の嵐

PREV | NEXT | INDEX

10

「つまりアドルバード王子はあの騎士に恋をしてるということなの?」


 すっかり打ち解けたシェリスネイアとリノルアースは仲良く午後のお茶を楽しみながら談笑していた。この場に無粋な男集団はいない。
「そうよぉ、なっがい片思いなんだから。邪魔しないであげてね、シェリー」
「あら、片思いならまだ私が入る隙もあるんじゃなくて?」
「無駄よ。両思い目前の片思いっていうか両思いなのにアドルが無駄なこだわりを見せてくっついていないだけだもの」
 それは両思いなんじゃないの、とシェリスネイアが面白くなさそうに呟く。


 ――別に、本気の恋なんかじゃないけれど。


「いい男とかそのへんに転がってないかしら」
 ふぅ、とため息とともに本音を零す。
「シェリーならすぐに見つかると思うわよ。幸いお姫様だけじゃなくあちこちの王子も集まってきてるし、物色すれば?」
「皆あなたを狙ってきた男達でしょう。そんなの願い下げですわ」
「あらそれは敗北宣言をみなしていいの? 世界で一番綺麗なのはこの私ってことよね?」
「誰がそんなこと言いました!? あなた程度の女を狙ってくるような低レベルの男はごめんって言っているのよこちらは!!」
 誰もが目を奪われるような美しい姫が二人、温かな温室の中で花に囲まれながら低レベルな言い争いを続ける姿はかなり奇妙だ。
 まだ外は寒いハウゼンランドだが、温室の中ならばたくさんの花が咲き乱れている。とても手入れの行き届いている温室はリノルアースのお気に入りだった。




「やぁ、リノル。こんなところにいたのか」


 ぎゃんぎゃんと騒ぐリノルアースとシェリスネイアのもとに、一人の青年がやって来る。
 蜂蜜を固めたような金の髪に、緑色の瞳の青年だ。年はだいたい十八歳くらいで、すらりと背も高い。服は見るからに上等のもので、立ち振る舞いも優雅だった。一国の王子だと言っても遜色ないほどに。
「……気安く呼ばないでくれる、ハドルス」
 リノルアースから発せられたとは思えないほどに低い、不機嫌そうな声だった。
 シェリスネイアはその変貌ぶりに驚きながらも、リノルアースとハドルスの二人を交互に見る。
「従兄弟なんだから、いいじゃないかこれくらい。久しぶりに会うんだ、もう少し喜んでくれてもいいんじゃないか?」
「従兄弟だろうがなんだろうがあんたに愛称で呼んでいいと言った覚えは無いわ。二度と会わなくても私は困らないし」
 親しげに近寄ってくるハドルスを追い払うかのようにリノルアースが手でしっしと振る。
 その小さな手を掴み、ハドルスはお伽噺の騎士のように跪き、手の甲に口づける。リノルアースの肌が粟立ったのがシェリスネイアでも確認できた。
「まだ婚約者を決めてないみたいだな。どうせなら俺の妻にならないか?」
「冗! 談! 触らないでよ気持ち悪い!!」
 ハドルスの手を振り払おうとするが、強く握り締められたままリノルアースはその憎い拘束を解くことができない。
 ルイを連れてくるんだった――後悔しても遅い。ルイには別の仕事を頼んでいる。
「そうすりゃリノルは一国の王妃だ。悪い話じゃないだろう? 見知らぬ国に嫁ぐよりもさ」
 ハドルスは王座を狙っている――そんなことくらい、リノルアースも分かっている。そのために自分が利用されようとしていることに気づかないほど愚かなお姫様じゃない。
「馬鹿なこと言わないで! ハウゼンランドを継ぐのはアドルバードよ! あんたの出る幕じゃないわ!」
「あのチビに何が出来るんだよ。運良くアルシザスとの同盟が成立したくらいがなんだっての。俺だってあれくらいのことできるさ」


 ――あんたのどこに、アドルが負けるっていうの。


 ハドルスは分かっていないのだ。
 アドルバードは自他共に認める見事なシスコンだ。しかし。
 リノルアースもまたブラコンであるのだ。ただ分かりにくいだけで、程度はアドルバードと大差ない。
 共に生まれ、共に育った大切な片割れだ――当然だろう。
 空いているほうの手で思い切りひっぱたいてやろうと――手を振り上げようとしたその瞬間だった。
 ぱしゃ、と。
 そんな音が聞こえたと思ったときにはハドルスは濡れていた。


「口説き方がなってませんわ。一昨日いらっしゃいませ」


 ずっと傍観していたシェリスネイアが少し冷めた紅茶をハドルスにぶっかけたのだ。
 片手には空になったティーカップがある。
「なっ……何しやがる!」
「あら、私に手を上げますの? 私はアヴィランテ帝国第三皇女、シェリスネイアですわよ。それなりの覚悟をもっておやりなさいな。全力であなたを潰しますわ」
 シェリスネイアに掴みかかろうとしていた手が空を掴む。
 ハドルスの顔が青ざめ、ちらりとリノルアースを見た。
 それが確認なのだということくらいリノルアースにもわかる。それでもこいつに助言する必要はないと、リノルアースは無視した。
「見る限りあなたはリノルの従兄弟でいらっしゃるようですけど、たとえ縁戚であろうとも王族には敬意を払うべきですわよ。臣下であることに違いはありませんもの。まして国賓の前でこんな醜態――本当に馬鹿馬鹿しいこと」
 ふぅ、と色っぽくも感じるため息を零しながら、シェリスネイアは空のティーカップをわざと音をたてて置く。
「馬鹿なのはこいつとこいつの弟だけよ、ごめんなさいねシェリー。不愉快にさせて」
「お互い様ですわ。そこのあなた。今回はリノルに免じて見なかったことにして差し上げますけど、次はありませんわよ? 私のお友達を困らせないでいただけるかしら?」
 にっこりと微笑むシェリスネイアに、ハドルスは一瞬だけ見惚れて――慌てて頷く。
「し、失礼を――その、アヴィランテの姫とは知らず、挨拶が遅れまして」
「あなたからの挨拶など必要ありませんわ。礼儀知らずとは知り合いになる価値もありませんもの。早く出て行ってくださらない? 私はリノルと楽しくお話をしていたいんですの」
 そのセリフを聞いたハドルスの青ざめた表情を、アドルバード達に見せられなかったのは実に残念だ。
 何度か弁解しようと口を開きかけていたが――無駄だと思ったのだろう。ハドルスは肩を落として温室から去っていった。





「ありがと、シェリー」
 助かったわ、とリノルアースがお礼を言うと、シェリスネイアは照れて顔を逸らす。
「何のことです? 私はただあの男が不愉快だっただけです」
「いやぁねぇ、シェリーったら照れちゃって。可愛い奴ぅ」




「……結局、あれは何なのかしら」
 あれというのはハドルスのことだ。
 二人の会話から従兄弟同士だということしか分からなかった。
「んー……自信過剰で野心家で下心見え見えの最低の従兄弟ってとこかしら。今十八歳であのとおり王座を狙ってる愚か者よ」
「どこにでもいるのねぇ、そういう男」
 シェリスネイアにはリノルアース以上の心当たりがあるのだろう。腹違いの兄弟が山ほどいるアヴィラでの王位争いなんてハウゼンランドの比じゃない。
「あんなんでも継承権は第二位なのよねぇ。その下のルザードって弟が第三位。まぁアドルが死なない限りアドルが継ぐことになるんだろうけど、どこから湧いてくるんだか、自信満々なのよ、あの馬鹿」
「……だから、王子には力が必要なんでしょう」


 シェリスネイアが小さく呟く。
 

 もしもハドルスが有力な貴族や、他国の姫君を妻に迎えると――弱小貴族のレイを妻に迎えようとしているアドルバードが不利になるのは目に見えている。
 王家の結婚が政略なのは昔からの決まりごとのようなもので――本当に愛する人と結ばれる人はそれほどいるだろうか。


「アドルだけを、不幸にするつもりはないわ。力をつけて、あの子が一番幸せだと思える未来まで導くの」
「――分かりにくい子ね、あなた」


 お兄様が大好きなら大好きって言えばいいじゃない。


 くすりとシェリスネイアは微笑む。
 その笑顔は少し大人びていた。




PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 hajime aoyagi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system