可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「密室に女連れ込んでどうのこうのっていう不名誉な噂を流されたくなかったら大人しく妹の言うこと聞いて欲しいんだけど? お兄様」
 にっこりと微笑みながらリノルアースは堂々と脅迫する。
「……それはアレだよな。結局俺に拒否権はないっていうアレだよな」
「あらやだアドルってば話が分かるぅー! だから大好きよ!」
「本当におまえ良い性格してるよな……」


 密室(と言えばそうなるかもしれない)に女(とはいえ騎士の格好をしている)を連れ込んで――どうのこうのといっても顎にキスしただけなんだけど――とにかく半分以上は事実なのでアドルバードも抵抗できない。
 ただでさえあちこちの王子やら姫やらが集まっているこの時にあらぬ噂を流されては面倒だ。リノルアースの場合すると言ったらなにがあろうと実行する。
「今回は実に控えめで可愛らしいお願いだからそう身構えなくても大丈夫よ。シェリーが雪が見たいっていうからバルトス山まで行こうと思って。それについて来て欲しいなーってお願いしようと思ってただけだもの」
「おまえはアレか。俺とレイの恋路を邪魔したいのか。味方のふりして実は最大の敵だったりするわけか」
「レイが男だったら全力で略奪愛上等だけど、女だもの。シェリーとくっついても面白いけどレイが可哀想だから、その場合アドルを簀巻きにして冬の川に投げ込んでやる」
 最初から最後まで真剣な顔でそう答えられるのでアドルバードも絶句する。
「ただ単純にシェリーとは仲良くなって欲しいしその方が得だからお願いしてるんじゃないの。お姫様二人で外出は危ないしー」
「リノル一人なら平気そうだけど」
「なんか今むかつくこと言われた気がするんだけど気のせいかしら? それともこの私が可愛い上に腕が立つって褒められたのかしら?」
「褒めた褒めた」
 紙一重だけど。
 アドルバードはわざとらしい笑顔を作ってとりあえず難を逃れる。
「……まぁいいわ。付き合ってくれるでしょ? 可愛い妹の頼みだもんねぇ?」
「別にいいけど……ちょっと待て。そういえばルイはどこに消えた? まさかおまえどっかに捨ててきたのか!?」
 本来ならばリノルアースの護衛についているはずのルイが最近姿が見えない。雪を見に行く云々にしろ、ルイの同行は至極当然のはず――。
「ああ、ちょっと別の頼みごとしててね。側にいないの」
「頼みごとって……まぁおまえが良いなら構わないけど」
 といってもルイの所属は一応、国に仕える王宮騎士団なのだが――もはやリノルアース専属の騎士になりつつある。
「じゃあ早速シェリーのとこに行きましょ。まだお昼にもなってないし、今日出発! もちろんオプションのレイは大歓迎」
 言うに事欠いて国でも凄腕の騎士をオプションか。
 確かにアドルバードにレイは当たり前のようについてくるのだが。
「……今日は今から何か予定入ってたっけ?」
 一方的に明日を予約されてしまったのだが、あちこちの王子やら姫やらと会談してばかりの最近では暇な日などない。
「これからウィルザード様とご予定が」
「ああー……ウィルならいいや。ていうか一緒に連れてけばいいだろいっそ。どうせ世間話だ」
「一応国賓なんですから、そう蔑ろにしてはいけませんよ」
 一応なんてつけてるレイの方がよほど蔑ろにしてないだろうか、というつっこみは心の奥底にしまいこむ。言い返せば倍以上になって返ってくるのはいつものことだ。
「今日出発ってとこには何も異論ないわけ?」
 少しそこには大きな反応を期待していたリノルアースがつまらなそうに問う。
「おまえが突拍子もないのはいつものことだからな」
 アドルバードがそう勝ち誇ったように言うのでリノルアースは少し面白くなかった。





 移動は馬車で――とはいかなかった。
 何しろ急遽連れ出されるウィルザードを含めた五名中四名は馬に乗れるのだ。唯一乗れないシェリスネイアだけがレイの馬に同乗している。リノルアースもアドルバードも体格的にシェリスネイアを乗せるのは無理がある。ウィルザードでも良かったのだが――出会ったばかりの男と一緒に馬に乗ろうなんて考えるお姫様はそういないだろう。
「――大丈夫ですか」
 落ちる危険性も考え、シェリスネイアはレイの前に――腕に包み込まれるように座っている。
「特に問題はなくてよ。馬車よりも面白くて良いわ」
 馬にも速さにも怯えることなくそう笑えるシェリスネイアはやはりどこかリノルアースと似通ったところがあるのだろう。リノルアースは小さい頃から乗馬をやっているので一人で堂々と手綱をさばいている。
「バルトス山まではそう遠くありません。しばらくご辛抱いただければすぐに着きます」
「そこまで行けば雪があるのね」
 その声には少女らしい好奇心に満ちた響きがあり、レイも思わず微笑んだ。
「山の方が寒いですから、早く雪が降るし、なかなか溶けません。雪を見るのは初めてでしたか」
「アヴィラで雪が降ったら恐ろしいですわ」
 シェリスネイアの真面目な返事にレイはそうですね、と答える。
 レイの綺麗な顔を見上げながら、シェリスネイアが問う。
「……あなたは、王子のことを愛していらっしゃるのよね」
 言ってから自分らしくないと思った。どうしてこんなことを聞いているんだろう。
 アドルバードにはそれなりに好感がもてる。結婚してもいいだろうと思える。良い人だとも思う。けれど――恋にはなっていないのに。
「現時点では忠誠を誓っておりますとしか答えられません。主が変なこだわりのある人ですので」
「こだわり?」
 観察してきた限り、アドルバードは柔軟な人だと思う。何をこだわっているのか。そういえばリノルアースもそんなことを言っていた。
「ええ――私の身長を越すまでは、主従関係のままでいると」
 なんだそれは。
 シェリスネイアは馬鹿馬鹿しくて口をぽかんと開けて呆然とした。
 くだらない。くだらなさ過ぎる。
「なんなのそれは。男の見栄?」
「さぁ……私はもちろん気にしてませんし、アドル様のお気持ちは見てる限り分かりますので。アドル様がそうなさりたいというのなら別に」
 確かに聡そうなこの騎士には気持ちなんて昔からバレバレだったんだろう。
 面白い話だ――馬の上でなければ聞けないような。アドルバードとレイは始終共にいるから、レイからこういう話を聞きだすなんて容易ではない。
「そんな悠長に構えていると、どっかの馬の骨に奪われますわよ」
 うっかり自分がその馬の骨になりかけたのだが――やはり人から奪ってまでアドルバードが欲しいという気持ちは湧いてこない。彼にあるのは恋愛感情というよりも家族に対する愛に近い。あんな兄がいれば、きっと少しはマシな生活だっただろう。
「その時はその時です。奪われるものならどんな状況でも奪われますから。私にとって重要なのはアドル様の幸せです」


 なんて潔いのか。
 なんて凛々しいのか。
 なんて――――


「……あなたの方が男らしいんじゃなくて?」
 

 レイが苦笑して、よく言われますと答える。
 その青い瞳が前を向き、つられるようにしてシェリスネイアも見た。


 白いベールをかぶった山だ。
「もう着きますね。あの白いのが雪ですよ」
 シェリスネイアはその白に目を奪われた。あれが。
 息を呑んで目の前の光景を見つめるシェリスネイアの為に、レイは馬をゆっくりと歩かせる。
 ハウゼンランドは何もない小国だ。
 けれどこの自然の美しさだけはどの国にも負けないだろう。




「――――ようこそ、ハウゼンランドへ」


 なぜかそう言うのが相応しいと、レイは思った。


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