可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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14

「――ごめんなさい」


 もう城まで残りわずかとなり、一度休憩しようと馬を下りた時だった。
 らしくないともいえるほどにしおらしく、シェリスネイアがぽつりと呟いた。
 襲撃にあった原因は彼女だというのはもはや分かりきったことで、彼女がそれを詫びたいと思う気持ちも分からないでもない。
「気にしなくていいのよ、シェリー。私たち友達でしょう?」
 優しい微笑みを浮かべたままリノルアースはシェリスネイアに歩み寄る。
 その微笑みが心の底からのものでないということに他の三人はすぐに気づいた。
「――なんて、言うと思う? 謝ると言うことはシェリーは予測していたということよね? それでも私たちを危険に曝したんでしょう?」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳にシェリスネイアは返す言葉がない。
「……否定しないわ。私を殺したい人間なんて山ほどいるもの」
 苦笑しながら顔を逸らすシェリスネイアの手をリノルアースが掴む。
「誤魔化さないで。それが許される立場でもないわ」
 突然襲われた。その結果アドルバードの騎士であるレイが負傷した。もしもシェリスネイアが事前に一言言っておきさえすれば回避できたであろうことだ。


「あなたの目的は何?」


 南の大国の姫がこんな小さな国にやって来る理由。
 どう考えても利益なんてどこにもなかった。疲れるし金はかかるしむしろ損ばかりだ。
「……アヴィランテで生き残ろうと思うのなら、王子を産めと。昔からそう言われてきたわ」
 シェリスネイアはリノルアースから顔を逸らしたまま、ぽつりと呟く。
「女系の国で姫がいくら生まれても意味は無い。王子を産んだ妃は優遇され、高い地位を得て、死ぬまでの生活が保証される。私の母にはもはや私しか子供がいない。このまま私がどこかに嫁げば母はきっと後宮の影で生きていくしかなくなる」
「――もはや?」
 ずっと傍聴していたアドルバードが問う。
 それはつまり、一人では――シェリスネイアだけではなかったということか。
 シェリスネイアはアドルバードの問いに曖昧に微笑んだ。南国の大輪の華が散りゆくその瞬間のような微笑みだった。


「私にはね、兄がいたはずなのよ」


 王子さえいれば――。
 母がいつまでも呪詛のように呟いていた言葉。
「兄は赤ん坊の頃に、北の大地へ向かう途中の砂漠で嵐に巻き込まれ、行方知れずとなったの。王子がいなくなってしまった私たち母子の生活なんて急落していったわ」
 それでもシェリスネイアが美しく成長し、父の目に留まるようになってからは楽になった。男達からの貢物もあった。
 しかしシェリスネイアはいつまでも母の側にいるわけではない。




「――だからね、リノル。私は兄を探しにここまでやって来たのよ」





■   ■   ■




「王位につける人間が増えればそれだけ面倒ごとも増えるからな。それにシェリスネイア姫が嫁ぐ場所によっては、その行方不明の王子が王位につく可能性は大いにありえる。もともと目障りな姫を殺して、さらに不安の芽を摘み取ろうって魂胆なんだろうな」
 あれから特に問題なく城へと戻り、シェリスネイアは疲れたと言って部屋に籠もってしまった。リノルアースもなんだか怖い顔で自室に籠もっている。
 レイが淹れた温かい紅茶を飲みながらウィルザードが暢気に要らぬ説明する。
「どこの国も似たようなもんだなぁ」
「そりゃそうだ。小さいのも大きいのも関係ないだろ」
 それはつまりハウゼンランドが小さいと言いたいのか――とアドルバードは思ったが、どう足掻こうと変えることの出来ない事実なので大人しく口を噤む。
「起死回生の一手、ってところかね。限りなく望みの薄い話だが」
 十年以上も前に行方不明になった王子が生きているなんて思えない。まして当時赤子だったというのだからなおさらだ。
「そう思っていても、縋りたかったんじゃないのかな」
 叶わないと分かっていても、敵だらけの生活の中で唯一の家族である母のために。
「なんだよ、随分と肩を持つな。惚れたか?」
「なんでそうなる!? 俺は別にそういう意味で言ってるんじゃ――」
「ムキになるあたりが怪しい。騎士さんどうするよ? 浮気されてるぞ」
 さっきから甲斐甲斐しく紅茶を淹れたり上着を片付けたりしているレイにウィルザードが話をふる。
「浮気もなにも。私とアドル様はそういう関係ではありませんので」
「……そうきっぱり言われると傷つくぞ俺も」
 そりゃ確かに事実だけれども。少しは気にかけてもいいんじゃないのか。
「――――って……おまえ何普通に仕事してるんだよ!! 手当てにいけ手当てに! 応急処置のままじゃねぇかソレ!?」
 レイの腕にはアドルバードが急いで巻いた布が縛られているだけだ。その布もうっすらと赤く染まっている。
「特に支障がなかったので」
「あるだろ大いに! 今すぐ医務室へ行け! コレ命令!」
 扉を指差しGOサインを出す。命令するのは正直好きじゃないのだがこういう場合は仕方ない――というよりこのままだと本気で放置しかねない。
「しかし――」
「城の中で危険はそうない! ウィルもいる! おまえが手当てしてくる程度は支障ない!
いいから文句言わずにとっとと行け!!」
 レイはまだ何か言いたそうにしていたがアドルバードが睨むとため息を零して部屋から出て行った。
「なんていうか相変わらず自分のことは後回しだなぁ」
 呆れるというよりも感心してウィルザードがレイを見送る。
「そうなんだよ嬉しいんだけどそれってどうよっていうか傷跡残ったらどうすんだよもう少し気をつかえっていつも言ってるのに別に傷なんて残っても俺は全く気にしないけどさホントいつも俺のことばっかり……いや嬉しいんだけど、嬉しいんだけどさ!!」
「鬱陶しい」
 ノロケとしか思えないアドルバードの言葉をウィルザードはばっさりと切り捨てた。
「あー……ごめん。つい本音が……で、リノルはどうするつもりなんだろ。まさか途方も無い兄探しの手伝いなんかするって言いだすんじゃないだろうな!? それってつまり俺も強制参加だろ!?」
「……ホントおまえらの力関係がよく分かるよ。たぶん――手伝うんじゃないか?」
 アレも相当なブラコンだし。
 ウィルザードの呟きにアドルバードは首を傾げる。自分がシスコンだということはもはや否定しようがないが、リノルアースまで?
「そもそも砂漠で消息が絶ったっていうのにハウゼンランドに来たってことはそれなりに情報があるんだろうよ。そのうち聞いてみりゃいい」
「――手伝う気は? どうせ暇だろ?」
 一人でも多くの生贄を提供して自分への負担を減らそうとするアドルバードに、ウィルザードは苦笑する。魂胆が見え見えだ。こいつは腹の探りあいには向かないだろう。
「国賓に雑用させる気か。悪いがごめんだね」
「なんで」
 珍しい――とアドルバードが素直に驚く。ウィルザードはなんだかんだで付き合いはいい奴だ。
「苦手なタイプの女×2はさすがに嫌だ」
 ああー……とアドルバードは妙に納得した。
 あの二人が今日のような調子ではなく、いつもの通りの様子ならばウィルザードとってそれは生き地獄だろう。
「でもまぁ、暇で暇で仕方なかったら少しくらい付き合ってやるよ」
 そう言いながらウィルザードが退室しようと立ち上がる。
 タイミング良く手当てを終えたレイも帰って来た。随分と早いのできちんとやってきたのかとチェックをしてみたが――問題なかった。
「じゃあなアドル。無事を祈る」
「……そりゃどうも」
 アドルバードは苦笑いで手を振りかえす。
「……何の話です?」
 レイが珍しくきょとんとした顔で二人を見ていた。




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