可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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17

 ディーク・バウアー。


 若くしてその実力から王妃の騎士となり、その剣の腕は誰もが疑うことなくハウゼンランド一である。功績を讃え、国王から『剣聖』という特別な称号を与えられるほどだ。誰も知らないような弱小貴族であったバウアー家はそれ以来誰もが知る貴族となった。家柄としては弱小のままだが。
 四十三歳になるディークは衰えを感じさせない。筋肉は若き時よりも洗練され、剣の腕は一日経つごとに上へ上へと昇っていく。


 その人を一言で表せば、岩だ。とにかく身体がでかい。小柄なアドルバードからするととてつもなく圧迫感がある。繊細な美しさを持つレイの父とは、とても思えない。
「お久しぶりです。殿下。お元気そうでなにより」
 騎士団長室を訪れるとディークは娘に声をかけるよりも先にアドルバードに挨拶する。お互いに仕事中だという意識があるのだろう。
「アルシザスから帰って来た時に挨拶に行っただろ。まぁ、それも大分前になったか……少し話があるんだけど、今時間は?」
「ないとしても殿下からの頼みならば」
 ディークは立ち上がり、アドルバードに応対用のソファに座るように勧める。アドルバードが座ってからディークも腰を下ろした。
「レイ、おまえも座れ」
 後ろに立っているレイにそう命じる。ディークを相手にするならレイに任せた方がいい。昔のことを聞くにしろ、彼女の方が覚えているだろう。
 レイは素直にアドルバードの隣に腰掛ける。
「……なんだ。ついに殿下のところに嫁にでも行くのか」
 アドルバードとレイの真剣な様子にディークはあっさりと誤解した。
「いやまだだから! 早いだろ俺まだ十五歳だし! ていうか知ってたのかディーク!」
 アドルバードが動揺を隠しきれずに大慌てだ。
「アドル様、落ち着いてください」
「そりゃまぁ昔から見てれば嫌でも気づくでしょう。ばればれですよ。特に殿下が」
 冷静な親子につっこまれてアドルバードは居たたまれない。
「とりあえずそういう話はアドル様が私の身長を追い越してからだそうです」
 羞恥で二人の顔が見れないアドルバードは俯き、そのアドルバードの横でレイが律儀に説明する。
 お願いだからそんなに言いまわらないでください。そりゃあもしかしたら未来の義父なんだから仕方ないのかもしれないけど!
「そりゃあと何年かかるんだ。とっとと結婚しちまえ」
「それが父親の反応ですか、普通は一人娘が嫁ぐ時は一番嫌がるものでしょう。そろそろ本題に入ってもいいですか」
 おう入れ入れ、とディークの態度の気安い。
「――十五、六年前に中央砂漠に調査に行きましたよね?」
 レイは持ってきた資料を広げながらディークに問う。
「ああ、それがどうした」
「話を始めると長くなるんですが――」





 シェリスネイアの事情と目的、そのうえで考えられる推測をレイはかいつまんで説明した。
 アドルバードは緊張で口が渇いた。おそらく父と向き合うよりも、ディークとこうして向き合うことのほうが緊張する。


「――なるほど、悪くない推測だな」
 一通りレイから話を聞いたディークが微笑みながらそう言う。
「多発した砂嵐は、何十年かに一度はあるどうってことのない自然現象だ。それに巻き込まれて死んだ人間は山ほどいるだろう……それよりもレイ、おまえは結論に辿り着いているんじゃないのか?」
 ディークはレイを見ながら笑う。奥底に何かを隠し持ったような顔だ。
「――……憶測にすぎません」
 レイは躊躇ったようにそう呟く。アドルバードだけが置いていかれたまま、親子二人は結論らしきものを掴んでいるようだった。
「もう少し他の人間に分かりやすい会話をしてくれないか」
 馬鹿にされるのは重々承知でアドルバードが控えめに主張する。
「殿下、もう少し柔軟になられた方がいいですぞ」
「持っている知識をすべて統合すれば分かる話ですよ」
 案の定二人同時につっこまれる。頭の回転が速い奴らについていけない自分が情けない。
「……まず、このハウゼンランドで南国出身のものは目立ちます。容姿がまるで違いますから」
 レイが丁寧に説明を始めて、アドルバードも素直に頷く。
「そしてシェリスネイア様が探している兄君は十五年くらい前に、ハウゼンランドに近い中央砂漠で行方不明となった……ここまではいいですか?」
「それくらいは分かる。それで?」
 ここから応用です、とレイが呟く。


「十五年前に、砂漠で拾われたおそらく南国出身であろう人を知りませんか?」

 そんなに都合よくいるわけがないだろうと言おうとして――たった一人、当てはまる人間を思い出す。
 濃い肌、黒髪、十五年くらい前彼は赤子の時に拾われた――。
 まさか、と呟いていた。
 信じられるだろうか? こんな偶然がそう転がっているわけがない。




「――――……ルイ?」




 口の中が渇き切っていた。
 アドルバードの呟きに、ディークもレイも何も言わない。当たっているとも、外れだとも。
「……父上は気づいていたんではないですか。ルイの出生について。だから父上が保護をした。ハウゼンランドで城の中に次いで安全であろうバウアー家に。養子にしたのも追っ手などから誤魔化すためでしょう――違いますか?」
 レイの淡々とした口調が何故か重かった。
 ハウゼンランド一の剣の腕前のディークの側にいることは、もしかしたら城内よりも安全だったかもしれない。加えてバウアー家は名はそれほど知られていなかった貴族だ。他国の者の目を欺くにはうってつけだろう。
 ルイは幼い頃はあまり家の外に出ることを許されなかった。だから、アドルバードやリノルアースと幼い頃から一緒だったレイとは違って、初めて出会ったのは随分と大きくなってからだ。
 ――それが、ルイの身の安全のためだとしたら?
「……拾った時に側にいた男が、ただ守れと言っていた。追ってくるだろう輩に渡してくれるなと。その男はそう言ってすぐに死んでしまったがね。ルイを拾い、育てながら調べたさ。おまえと同じ憶測にも辿り着いた――しかし、証拠はない」
「……ルイは、このことを知っているんですか」
 レイが静かに問う。
 ディークはゆっくりと首を横に振った。
「話すつもりなどなかったさ。こんなことにでもならない限りは。あれがもし本当にアヴィランテの王子だとしてどうする? 命の危険があって逃げてきたというのに、アヴィラに戻すのか? 俺は助けた命をむざむざ殺すつもりはない」
 あれはもう俺の息子だ、とディークが呟く。その言葉に嘘偽りは感じなかった。
「ですが、もはや話さなければならない事態です。ルイにも、シェリスネイア姫にも。ルイはもう赤子でも子供でもありません。選択する権利は彼にあるべきです」
 冷静だな、とディークは呟いた。


 アドルバードもそう思う。レイにとって、ルイは大切な家族ではなかったのか――?





 重い空気のなか団長室を出て、アドルバードの部屋へと帰る。
 レイの言うことが間違いではないのは分かっている。ルイがもしアヴィラの王子だとして、その可能性に気づいているのに隠そうとすればそれは国際問題になる。
 けれど。
「……おまえは辛くないのか」
 アドルバードは小さく呟いた。
 それでもレイには聞こえているはずだ。今は二人の足音くらいしか音らしい音は存在しない。
「何を、辛く思うんですか」
 レイも小さく答える。
「ルイの生まれがどうであれ、この話を聞いたルイの選択がどうであれ、ルイ・バウアーが私の弟であり、父上の息子であることに変わりはありません。彼が私を姉と慕ってくれることも、父を尊敬している気持ちも、消え去るわけではないんですから」
 物分りのいい人間のセリフだ。
 それでもアドルバードもそれで納得してしまう。いつもと変わらない日常となっても、遠く離れる結果が訪れても、彼が彼であることに変わりはない。


「彼にとって最良の道を選ぶべきなんです。そしてそれを祝福し、応援するのが家族の務めというものでしょう」
 アドルバードはレイの横顔を見上げる。





 何もかもを、覚悟しているような、そんな顔をしていた。





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