可憐な王子の騒がしい恋の嵐

PREV | NEXT | INDEX

20

 皮肉なことに、嫌がらせを受けることに慣れているシェリスネイアの対応は的確だった。
怯えている姿は見せない。強がりだと言われようと不敵に微笑み続ける。
 矛先が自分に向いている間は何をされようと心は痛まない。辛くても顔に出したりしない。


 部屋の前が水浸しになっていたり、暖炉の中に不審物が入れられていて煙が凄いことになったり――嫌がらせはアヴィラでは想像も出来ないことだった。まず水浸しにしてもアヴィラでは炎天下のなかすぐに乾いてしまうし、涼しくてむしろ嫌がらせにならない。
 そして暖炉なんてものとは無縁なので後者はまず思いつかないだろう。
 どれも今まで受けてきた仕打ちに比べれば可愛いものだった。
 可愛がっていた小鳥が殺されたわけではない。
 毒を盛られたわけではない。


 そう、いくらでも我慢できたのだ。


 標的が自分一人なら。




「――腕、どうしましたの?」
 国から共にきた侍女の腕に巻かれた包帯を見てシェリスネイアは問いかける。
 びくりと一瞬だけ身体を震わせて、それから何もないように微笑みながら「何もありませんよ」と答える。
「ちょっと転んでひねっただけですよ。大事ありません」
 それが嘘だということは先ほどの反応で充分に物語っている。


 ――――宣戦布告だ。


 どんな嫌がらせがあろうとも、何が起きても反応せずに傍観した。
 けれどその矛先を自分の周囲に向けられるというのなら――話は別だ。受けてたとうではないか。


 これはもはや戦いだ。


 すっとシェリスネイアは立ち上がり、慣れない北国のドレスを苦もなく着こなして部屋を出る。
「シェリスネイア様?」
「……王子とリノルの所へ行ってくるわ」





 先にリノルアースの部屋に行くと、彼女はアドルバードのもとへ行っているという。仕方なくシェリスネイアはアドルバードの部屋へと向かった。
 足が止まる。
 前方に最近妙に苦手に感じる男がいた。相手はこちらに気づいていないようだから、無視するなり別の道を通れば良いのだが――それはそれで逃げているようでシェリスネイアのプライドが許さない。
 そうこうしているうちに、相手はシェリスネイアに気づいてしまった。
「これはアヴィラのお姫様――そんな格好されると気づかないもんですね」
 男――ネイガス王国の王子・ウィルザードはわざとらしい作り笑いを浮かべながら近づいてくる。
「気づかないままでよろしかったのに。目ざとい男ね」
「随分と口が悪くなってきてますよ。どこぞの姫の悪影響でも受けてるんじゃないですか」
 くすくすとウィルザードは笑う――たぶん、この顔は本当に笑っているんだろう。作り笑顔ではなく。
「本当にリノルがお嫌いなのね。ならハウゼンランドに来なければよろしいでしょう」
「親戚なんでそうもいかないんですよ。嫌いというよりは苦手なだけなんで」
 シェリスネイアは嫌いと苦手はどう違うの、と聞こうとして止めた。どうしてこの男とそんな話をしていなければならない。
「どちらへ? 姫一人で動き回るもんじゃありませんよ」
 さりげなくエスコートを申し出たウィルザードに驚かされた。この男がこんなことを言い出すとは思わなかったのだ。
「王子の部屋ですわ。もうすぐそこですもの、平気です」
「帰りはどうするつもりで? どうせ俺も用があったんですよ」
 ついでだからご一緒しましょう、とウィルザードは続ける。口調こそは丁寧でも、この男にはいつも馬鹿にされているような気がする。
 他の男なら、あの手この手とシェリスネイアを口説こうとするというのに。


「――何かあったんですか」


 一瞬の沈黙の後、ウィルザードが躊躇いがちに口を開く。
 心配してくれているということか、とシェリスネイアは少し気恥ずかしくなりながら別に、と素っ気無い返事をした。
「あなたには関係のないことです」
「そうですね、そうですけど――どうせアドルに話すなら俺も聞く話ですよ」
「ならなおさらですわ。同じ事を二度言う必要はないでしょう?」
 知りたいのなら黙ってアドルバードにする話を聞いていればいい、シェリスネイアの言葉にウィルザードも黙り込む。
 らしくないなぁ、という呟きが隣から聞こえ、シェリスネイアはウィルザードを下から睨みつけた。
「――あなたじゃないですよ、気にしないでください」


 いつもなら、あなたのようなお姫様の悩みになんて興味も持たないんですよ、俺は。
 そんな言葉は心の奥底へとしまいこむ。ここでこのお姫様にそう言う自分が想像できない。むしろ冗談じゃない。
 それではまるで婉曲な愛の告白じゃないか。







「おい、入るぞ」
 そんな乱暴な一言だけでウィルザードはアドルバードの部屋へと入る。
「……失礼いたします」
 その男の後にただ続いて入るほど礼儀知らずでもないシェリスネイアは一礼して入室した。どちらもアドルバードは大差なく迎え入れる。
「何か御用ですか、シェリスネイア姫」
「おい俺は無視か」
 ウィルザードのぼやきを「うるさい後でだ」と切り捨て、アドルバードは微笑みながらシェリスネイアの為に椅子を引く。流石は王子というべきか動作には無駄がない。
 ウィルザードはぶつぶつと文句を言いながらシェリスネイアの向かいに座る。
「……以前から続いている嫌がらせなんですけれども、少々悪化しているようですの」
「悪化、ですか……すみません。俺の力不足で」
 アドルバードは素直にシェリスネイアに頭を下げる。
「いえ、短期間でのことですし、仕方ありませんわ。慣れていますから、私だけならばこうして出向くこともないのですけれど」
「他にも手を出したってこと? まったく考えることが幼稚よねぇ」
 ため息まじりにリノルアースが呟く。彼女もシェリスネイア同様、そういうことには慣れてしまった人種だ。
「それで? ドレスが破かれた、水をぶっかけられた、暖炉に変なもの入れられたの他に何があったの?」
 ドレスが破かれた以外のことはリノルアースにも言っていない。どうやら被害にあった二つは、ハウゼンランドでは一般的な嫌がらせなのかもしれないなんてシェリスネイアは苦笑する。
「侍女が怪我をしました。本人は転んだだけだと言っておりますけど」
「あらまぁ傷害までやらかしたの? そりゃもう極刑ね」
 それを待っていたんだけどね、とリノルアースが不敵に微笑む。
「――リノル、おまえ誰が犯人か知ってるな?」
 兄の勘とでも言うべきか、アドルバードが痛む頭を押さえながら問いただす。
「私を誰だと思ってるの? これを理由に目障りな蝿は徹底的に叩き潰すわ」
「……本当にずる賢いわね、あなたは」
 ため息を吐き出してシェリスネイアは呟く。ウィルザードはもはや傍観者にすぎない。
「シェリーならある程度我慢できるだろうと思って。利用してごめんなさい? でもお互い様でしょ?」
 そうね、とシェリスネイアは答える。
 女に計算はつきもの。ましてリノルアースやシェリスネイアのような女ならなおさら。
「むしろ感謝してるわ。これでアドルの未来の王座は安泰」
 ここまで言われればアドルバードでも犯人が分かる。
 王座を狙っている人間は知る限り二人だけ。そしてその二人ならば共犯は充分にありえる。
 彼らにしてみれば、事件をアドルバードの汚点にしようとしたのだろう。犯人が見つか
らず、シェリスネイアから声高々に被害を訴えられれば国の問題になる。






「――――ハドルスとルザード、か」


 まったくもって面倒な従兄弟だ。






PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 hajime aoyagi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system