可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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21

「――というわけで、やっちゃいましょう」


 アドルバード、ウィルザード、シェリスネイアが座るテーブルの前で仁王立ちになってリノルアースが宣言する。
「……心なしか殺っちゃいましょうに聞こえるんだが」
 ウィルザードがリノルアースから目を背けて呟く。
「……俺もそう聞こえた」
 隣に座るアドルバードも小声で同意する。おおっぴらに彼女の犯行声明に異を唱えれば矛先は自分に向かう。
「人聞きの悪い解釈をしないでちょうだい。いくらなんでも親戚を堂々と抹消しようなんて考えないわよ。一応今はまだ相手は王位継承権を持ってるんだし」
「……それはつまり王位継承権も持ってなくて親戚でもない人間なら抹消するということですわよね?」
 そう呟くシェリスネイアもリノルアースを直視できずにティーカップへと視線を落とす。
「やだもぅシェリーまで! あんたらが変なこと言うからよ!?」
 リノルアースが心外だとでも言いたげにアドルバードとウィルザードを睨みつける。


「話が逸れていますよ。……それでリノル様は何をお考えで?」
 今まで黙ってアドルバードの側に立っていたレイが軌道修正する。放っておくとこのまま変な方向へ話が飛びかねない。
「分かってるのに私に説明させるつもり?」
 リノルアースは美しい微笑みを浮かべてレイを一瞥する。レイは何のことですか? とさらりと交わして、リノルアースは頬を膨らませた。
「まぁいいわ。こっちとしてはハドルスとルザードが王位継承権を剥奪されるようにしたいわけよ? もともとそれだけ大きくなりうる問題だしね。それでシェリーには我慢してもらったんだけど」
「――その話乗ってもよろしくてよ。あの男には腹が立ちましたし、これ以上嫌がらせに耐えるつもりはございませんもの」
 うふふ、と黒い微笑みを浮かべる大陸一、二の美姫に男二人は青ざめる。
 これだから女は嫌いなんだと呟くウィルザードを憐れに思いながら、アドルバードは紅茶に口をつける。


 ――まぁ、これも自分の為にやってくれていることだし。
 と静観できるくらいの器はある。




「というわけでシェリー。貸してるドレスを一着返却してくれない? そうね、赤いのがいいかしら」
 にっこりと微笑みながらそう言い出した妹にここで食いついておかないと後悔する。それはもうアドルバードが生まれ持った機器察知能力だろう。
「――ちょっと待て!!」
 ガタッと立ち上がってリノルアースを睨みつける。
「なんでそこでそんな話になる? シェリスネイア姫に貸したのは……俺の、その」
 自分のドレスだと断言するにはいささか抵抗があって口籠もる。敗因を挙げるならまさにここで勢いをなくしたことだろう。
「アドルの女装用のドレスよ?」
「そう! だからなんでそれが必要になるんだ!?」
「アドルが着るから」
 きっぱりと断言されてアドルバードはがくりと肩を落とす。
「なんでそうなる!?」
「作戦上必須事項なのよぅ」
「その作戦を細かく話してからにしろせめて!!」
 最近では女装することも少なくなって、ほっとしていたこのタイミングで爆弾投下か!?
「私としてはね、あいつらのたっかいプライドまで木っ端微塵にしたいわけ? お分かり?
 そのためには女に負けたというこの上ない汚点をあいつらの心に刻み込みたいんだけども生憎私はそこまで腕力ないしー」
 だからこの際、アドルが私のふりしてぶん投げて? とリノルアースは小首を傾げて可愛らしくお願いする。それに騙されるほど愚かな兄ではない。兄馬鹿ではあるけれども!
「それはおまえの個人的恨みだろ!?」
「私の恨みはアドルの恨み、アドルの恨みはアドルの恨みでしょ?」
「なんだその解釈は!!」
「いいじゃないついでだし」
 ふぅ、とため息を吐きながらリノルアースが呟く。
「いやっ! ていうかばれるだろ!? 一応はあいつらも親戚だぞ!? 血縁だぞ!?」
「……あれを見破れるのは私達姉弟か、どこぞの国王陛下だけだと思いますよ?」
 うわぁ、それはどんな賛辞だ。レイの言葉も素直に受け取れずにアドルバードは涙を堪える。
 見破れると断言してくれることは嬉しいが、それはつまりやっぱり俺が女顔だってことか?
 レイの鋭い一撃にすっかり勢いをなくしたアドルバードの肩にリノルアースがそっと触れる。なんだと顔をあげると、すぐそこに自分に似た、けれど自分よりも愛らしい顔があった。


「……ルザードがレイを口説くこともなくなるかもよ?」


 リノルアースに耳元でそう囁かれて、アドルバードの抵抗は確実に弱まった。さすが妹。兄の急所はどこであるのかをよく知っている。
 ちらりと背後の彼女を盗み見れば、レイは首を傾げて見つめ返してくるだけだ。
「やってくれるわよね?」
 にっこりと微笑むリノルアースに反駁する意思はもうない。肩を落とすように、頷く。
「あら、楽しみですわ。実は少しだけ見てみたかったんですの」
「まぁ俺も間近で見たことなかったし」
 傍観していた二人がアドルバードの味方をしてくれなかったのはそのためかと、ウィルザードに対しては儚い友情を悲しく思う。


「作戦としてはとりあえずあいつらの長い鼻をへし折るのが先。その間にお父様にシェリーが嫌がらせを受けていることを報告させてもらうわ。本人もいればかなりの罰が期待できるんじゃないかしら」
「――個人を罰する代わりにハウゼンランドを責めないと言えば二割り増しくらいにはなるんでなくて?」
 もとより国単位の問題にするつもりはありませんけれど、とシェリスネイアが付け加える。本当に末恐ろしい女だ。
「即日実行か……?」
 シェリスネイアが侍女にドレスを持ってくるように命じているのを見てアドルバードが若干青ざめる。
 不本意ながら女装には慣れたが、さすがに今まで見られたことのない人にまで変装前と変装後を見られるのは恥ずかしい。
「膳は急げって言うじゃない」
「急がば回れとも言うぞ」
「今回は違うの。このままにしておいたらシェリーが危ない目に遭うかもしれないじゃない」
 そう言われれば黙るしかない。
「……アドル様、どうせリノル様には勝てないんですから」
「それ慰めてないよな?」
 むしろ兄としての威厳とか否定する言葉じゃないか、と自分の騎士に向かって呟く。



「シェリスネイア様、お持ち致しました」


 侍女が真っ赤なドレスを手に戻ってきたのを見てアドルバードも腹をくくる。


 女装がなんだ。
 ドレスがなんだ。
 コルセットがなんだ。





 そして同時に一刻も早く男らしくなりたいと心の底から思った。




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