可憐な王子の騒がしい恋の嵐

PREV | NEXT | INDEX

22

「…………まぁ」


 シェリスネイアのため息を聞いてアドルバードは肩を落とす。
 長く背中を覆う髪の毛は実物のものよりは艶がない。けれどそれ以外はまさしくリノルアースそのものといってもいい。アドルバードの女装は相変わらず完璧だった。
「驚きましたわ。まるでリノルが二人いるよう」
「……素直に驚かれてもこっちとしては結構辛いんですけどね」
 きらきらと輝く瞳で見つめられればなおさら痛い。
 アドルバードはリノルアースの指示のとおり、真っ赤なドレスに身を包み、完璧な化粧を施されリノルアースに化けた。
「うわー。間近で見たの初めてだけどすげぇなぁ。長い付き合いの俺でも一瞬わかんねぇ」
 ウィルザードの感心したようなその言葉には純粋な殺意が湧く。人事だと思って楽しみやがって。
「双子なんだから当然でしょう。アドルが大きくなるまでの期限付きの手ではあるけど」
「小さな頃に比べればまだ分かりやすいですよ」
 アドルバードの長い鬘を梳きながらレイが呟く。
「今は個人の性格が顔に出てるので。アドル様。いつものように理想のリノルアース様を演じるとすぐにバレますよ?」
 いつもは理想的なお姫様をやっていれば良いので楽だったのだが――本物のリノルアースの真似をするとなると、アドルバードの性格的に難しい。
「……いちいちうるさいわね。わかってるわよ」
 むす、とした表情のままで妹の真似をすると、横から鉄拳が振り下ろされた。
「いった! 何すんだよ兄にむかって!」
 犯人であるリノルアースを睨みつければ、それの倍以上の迫力をもって睨み返される。
「何じゃないわ! それは私の真似のつもり!? もっと見下すように、徹底的に踏み潰すように! 女王様にでもなった気分で!!」
「おまえレイにむかってそんな顔してるか!?」
「練習よ練習!!」
 練習って言われても……と渋ると、リノルアースは再び鉄拳をちらつかせる。
 逃げ腰の主人に対して救いの手を差し伸べたのはやはりレイだ。
「……アドル様。真似ようと思わずに、いつものリノル様を想像してください。試しにウィルザード様を相手に」
「え? 俺?」
 突然矛先を向けられたウィルザードが自分を指差し、どうしたものかとアドルバードに近づく。


「――この私に何か御用? ウィルザード」


 リノルアースにしか見えないアドルバードはにっこりと微笑みながらウィルザードに話しかける。
 その瞬間――鳥肌が立った。
「アアアアアア、アドル!?」
「あらやだ何言ってるの? ついに頭を打って馬鹿になったの? それとも私の顔見て頭が混乱してるのかしら?」
「しょ、正気に戻れ!! 頼むから!!」
「失礼ね。私のどこか異常だって言うの? あんたこそその頭どうにかしたら? ていうか近づかないで馬鹿がうつるから」
 ウィルザードはアドルバードの変貌ぶりに顔色も悪くなる。この世にリノルアースが二人――どんな悪夢だそれは。
「この性悪女! 実の兄に毒でも盛ったのか!?」
「失礼千万ね。海の藻屑になって消え去りなさい」
 本物の方が数倍斬り返しが痛い。


「……もう充分でしょう。ご協力ありがとうございました。ウィルザード様。だから言ったでしょう、アドル様」
 身体が覚えてますよ、とレイが呟く。日頃から見慣れすぎているリノルアースの言動行動が身体にまで染み付いてるとは。
「……恐ろしい」
「俺は本当におまえが怖かった」
 リノルアースにしか見えなくて、と付け足され、少しだけ自信もつく。
「八十五点ってとこかしら。これならハドルス達も騙せるでしょう」
 合格点ということなのだろう、リノルアースが頷きながらGOサインを出す。
「俺を実験台にするなよ……そこの騎士さんにやらせりゃいいじゃん」
 レイを指差しながら脱力するウィルザードに、リノルアースが馬鹿じゃないの、と冷たく言い放つ。
「レイは目を塞いでても騙せないわよ、たぶん。今から二人でドレスを着替えても無駄だろうし」
 リノルアースとアドルバード(作り声)は寸分の差しかない。本人ですらその差を明確には説明できないかもしれない。おそらくそれが出来るのはレイくらいだ。見た目が加わればルイも騙されはしないだろうが。
「嘘つけ。やってみろ」
 信じられないウィルザードが言い出して、ささやかなゲームが始まった。
 目隠しされたレイをリノルアースとアドルバードの二人で呼び、レイは自分の主人のもとへ行けば良いだけの単純なゲームだ。
 距離としては数メートルしか離れていないし、周囲に邪魔なものはそれほどない。下手に気配を読まれないように、リノルアースとアドルバードは立った場所から一歩も動いてはいけない。
「……本当にやるの? 無駄だと思うけど?」
 リノルアースが面倒臭そうに呟く。
 しかしシェリスネイアとウィルザードには面白い余興となって中止を言い出す気配はまったくない。




「「レイ」」




 仕方なくアドルバードとリノルアースは二人同時に、レイを呼んだ。それはリノルアースの声が重なり合ったようにしか聞こえない声だ。
 無理だろ、とウィルザードが呟いた。シェリスネイアも同意して頷く。
 重なり合った音なんて聞き取りにくい。これから一人一人がレイを呼べば良い――しかし双子はどちらもレイを呼ばない。
 これじゃあゲームにならないぞ、とウィルザードが言おうとすると――



 すっ、とレイが一歩踏み出した。



「…………おい、冗談だろ」
 ウィルザードが苦笑しながらそう声をかけるが、レイはそれを無視して迷うことなく一人のもとへ歩き――その足元で跪いた。
 そしてまるで見えているかのように、その人の手をとる。


 ほっとしたような息が吐き出され――もう一度、名を呟いた。
「レイ」



「――――はい。アドルバード様」


 そうレイが答えれば、目の前に立つ人の手によって目隠しがはずされる。
 レイの視界に飛び込むのは真紅。
 そのドレスを身に纏っているのは――紛れもなく彼女の主であるアドルバードだ。




「だから言ったじゃない、馬鹿馬鹿しい」
 リノルアースがため息を吐き出してそう言い放つ。
「いや、ですけどまさか本当にできるとは思いませんでしたわ」
 感嘆のため息と共にシェリスネイアが答える。アドルバードとレイはすっかり二人の世界だ。


「――できちゃうのがあいつらなのよ」






 ほんの少し羨ましいと思うから、こんなことしたくなかったのに。
 あの二人ほどの絆は、まだない。





PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2009 hajime aoyagi All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system