可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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24

 その一報は、兄よりも先にルザードのもとへ届いた。
 曰く、


 アヴィランテからはるばる来た姫君に対する行為に関して。
 重要な賓客に対し、ハウゼンランド王家の血統に属する者として相応しくない行動がどうのこうの。


 その処罰として王位継承権を永久に剥奪し、王城への立ち入りを五年間禁止する――とのことだった。




 正直兄のハドルスのように王座に興味はなかったのでどうでも良い。兄の手伝いをしたのが失敗だったなぁ、とそれくらいにしか思わなかった。
 ただ、


「――――――五年、ねぇ。これじゃあ勝ち目はないかな」


 苦笑しながらそう呟く。
 呟いた相手はすぐそこにいた。
 ――銀の髪の、美しい騎士。もうとっくの昔に他人のものだけど。
「……ご自分のなさったことを少しは反省したらどうです?」
 レイにため息まじりにそう言われて、ルザードはまた苦笑した。
「多少は反省しておくさ。でもまぁ俺としては大して困らないし」
 寒い廊下の風が髪を揺らした。こういう時に必ず隣にいてくれる人がいればいいと、ずっとそう思っていたのだが、今現在もそんな存在はいない。
 ……だから、ずっと羨んでいた。
「ちっちゃい王子様との勝負は完敗みたいだし。そろそろ諦め時かなと思ったところだよ」
 いつも彼女が側にいるのは、昔からたった一人だ。
「――ルザード様ならば、他にたくさんいらっしゃるでしょう」
 もう少し真面目にすればの話ですが、とレイは苦笑した。
「欲しかったのはたった一人だ」
 いつになく真剣な声で――真剣な表情で、ルザードはレイを見つめた。手を伸ばせば触れられる距離でも、どうしてか今日は手が伸ばせない。


「――どうして、俺が王子じゃなかったんだろうな? 王座なんてどうでもいいけど、俺が王子だったなら、あんたは俺のものだったのに」


 どうにもならない仮定だ。
 生まれた時には俺は俺で、あいつはあいつだった。
 彼女は初めて会った時からあいつの側にいた。


「……無駄な仮定ですよ、ルザード様。私は王子であるアドル様に仕えているのではありませんから。私は私の意志で、アドルバードというあの方に仕えているんです。あなたが王子でも、私はあなたのものになりません」


 真剣な思いには、彼女は真剣に応えてくれる。
 その答えもどこかで分かっていたような気がして、ルザードは苦笑いする。
 ――出会った時から彼女は彼女だった。
 もしも彼女が傍らにいてくれたらなんて、そう思っていたけれど――そんな彼女に、自分はこれほどまでの思いを寄せただろうか?
「……あんな頼りない王子様がそんなにいいわけ?」
「私には、必要な方ですから」
 あなたがどんな風に思おうとも、どんな評価を下そうとも。
 そうきっぱりと言い切れる彼女が潔くて美しい。
「もっと早く――あいつよりも出会えていたら、と思うのも無駄か?」
「……それでもやはり、結果は変わらなかったと思います。ルザード様、あなたはどうやってもアドル様にはなれません」
 本当に、きっぱりと言い切るよなぁ、と呟く。結構心にぐさりと刺さる言葉だが、なんでもない風に振り舞うだけの甲斐性はある。
「まぁ……分かってたけどな――と、王子様のご登場みたいだな」
 遠くから息を切らしながら、小柄な王子が駆け寄ってくる。
 そんなに大事ならしっかり捕まえておけよ、という助言は心の中にしまっておくことにした。
「レイ!」
 当然のように彼女の隣に並んで、ルザードを見上げて睨みつけてくる。
 小動物みたいだな、と可笑しくなってルザードは笑いを噛み殺した。
「俺の騎士に手を出すなと、言わなかったか?」
 ――騎士、ね。
 ルザードはそのセリフを嘲笑う。
「せめてそこで俺の女だとでも言っとけよ。情けねぇぞ」
「なっ……うるさい!!」
「ルザード様」
 レイの制止に、ルザードは降参する。恋敵を――敵わない相手をこの程度いじめるくらい、許されるだろう。
「……何もしてねぇよ。話してただけだ、なぁ?」
 威嚇してくるアドルバードにルザードは両手を挙げて戦う意思がないこと表明する。
 レイがええ、と頷くのでアドルバードは素直に威嚇を止める。実に分かりやすい王子様だ。


「せいぜい手放すなよ、お互いにな」


 くしゃ、とアドルバードの頭を撫でて、ルザードは寒い廊下から温かい部屋へと帰る。
 誰もいない隣は相変わらず寒い。
 繋ぐ手もないてのひらをポケットに突っ込み、窓の向こうの空を見上げてため息を吐き出す。




「…………寒いなぁ」







■   ■   ■




「――本当に何もなかったんだな?」
 しつこいほどにアドルバードに尋問され、レイはため息を吐き出しながら変わらぬ返事をする。
「ご心配するようなことは何も」
「心配しないようなことはあったのか!?」
「お話していただけです」
「どんな!?」
 これではまるで浮気を問い詰められる亭主ではないか――という言葉は飲み込んでおこう。立場がまるで逆すぎる。
「プライベートですよ、アドル様」
 そこまで説明する必要もない。
 まして本気で口説かれていたなんて言ったらどんな反応をするか分かったもんじゃない。
「あ、う、それは、その、そうだけど……」
 レイに強く言われれば、アドルバードがこれ以上尋問できないことは分かりきっていた。
 それでもこの人は知りたいんだろうな、とレイは思う。
「――――改めて口説かれただけですよ」
 仕方なくレイがそう言うと、案の定アドルバードは食いついてきた。
「だけ!? だけじゃないだろう!? 何もされてないよな!?」
「ですから、ご心配するようなことは何も。指一本触れられてません。真剣に口説かれてただけです」
「だからそれってだけじゃないし! 大事だろ!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ、そしてアドルバードが冷静さを取り戻してから、窺うようにレイを見上げる。
「――それで、その……」
 そんなことを確認してくるところも、分かりやすい人だとレイは微笑む。
「――――大丈夫ですよ」
 ああまた自分ばかりがこんなことを言う破目になるんだな、と少し思いながら、少しでも婉曲な答えを探し出す。



「私はこの場所を離れるつもりはありませんから」




 つまりは、あなたの隣を。





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