可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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25

 リノルアースの目論見どおり、ハドルスもルザードも王位継承権を剥奪された。
 思い通りに事が進んでいる――なのにどうしてだろう。どこか胸の中の不安が消えない。
 リノルアースの願いどおり、このままアドルバードが王位を継ぐだろう。そうしていつまでも平和なハウゼンランドが保たれる。
 ぼんやりと寒い廊下に、一人佇む。
 城内は数日後に控えたパーティの準備で慌しい。アドルバードは結局大勢の姫君をどうするつもりなんだろう、と考えて、どうでも良いとさえ思う。
 大勢の姫君と、何人かの王子――ハウゼンランドは各国の王族に出会いの場を提供したようなものだ。
 アドルバードとの見合い、と公言して集まってきたわけでもないから問題も起きない。アドルバードがこれからやるべきなのはたくさんの国々との信頼関係を作ることだ。
 だからもうリノルアースが口出すことはない。
 策略なんて必要ない。
 あとはただ、姫も王子も皆いなくなって、静かな日常に戻るのを待つだけ――。


「……いつまで、そうしてるつもりですか? 風邪をひきますよ?」


 そんな優しい声と一緒に、肩にふわりとかけられる。
「ルイ……いたの?」
 ルイは自分の上着をしっかりとリノルアースの肩にかけ、そして微笑む。
 気配を消すのは姉同様に得意なんだな、とリノルアースはわずかに微笑む。
「言いつけられた仕事も終わりましたから。一人になりたいのかもしれませんけど、ここは寒いですから、その」
 心配で、影から見ていたのだろう。
「部屋に戻るわ。久しぶりにお茶でも――」
 優しくされたから、その分だけリノルアースも優しい声になる。今日はルイをからかう気分になれない。
 自分の部屋で、久しぶりにルイが淹れてくれるお茶でも飲もう、とそう言おうとした。
 その先に。


「リノル?」


 美しい、艶のある声。
 リノルと呼ぶことを許した者のなかで、そんな声なのはただ一人で――それは、ルイには絶対に会わせたくない人だった。
「……シェリー」
 綺麗なドレスを着た、アヴィランテの皇女。
「ちょうど良かったわ、あなたを探して――どちら、様?」
 シェリスネイアの視線がリノルアースの後ろ――ルイに注がれる。見ないで、と叫びたくなるのをリノルアースは堪えた。
「私の騎士よ。レイの弟なの。この間までハドルス達の行動を見張ってもらってたから……」
 あなたに会わせないために、とは言わない。
「ルイ、アヴィラの姫君よ」
 挨拶しなさい、と短く、震えそうな声で言う。


 気づかない。気づくはずない。
 二人は初対面で、そして――互いが兄妹かもしれないなんてこと、知らないのだから。


「お初にお目にかかります。ルイ・バウアーと申します。アヴィランテの姫君」
 レイには及ばないながらも――凛々しく、優雅に騎士の礼をする。
 シェリスネイアがじ、とルイを凝視していた。
「初めまして。シェリスネイアです……あの騎士殿、お姉様とはあまり似てないのね? ハウゼンランドの人というより、むしろ――」
 びくり、とリノルアースは身体を震わせる。シェリスネイアも、ルイも、まるで気づかないほんの一瞬。


 ――南国の人のようだわ。


 シェリスネイアの純粋な感想に、リノルアースがどれだけ動揺したことだろう。
 ここで会話を止めなければ。
 たぶん、ルイは――――。
「私は、養子ですので」
 苦笑しながらルイは答える。
 それ以上話さないで。
 そう願い、ルイの服の裾を掴む。驚いたようにルイがリノルアースを見た。
「シェリーが美人だからって鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ。横にこんな美少女がいるでしょうが…………少し、寒いわ」
 二人に感づかれないように、完璧にいつもの自分を装う。そしてそれは見事に成功していた。
「だから、ここは冷えると――大丈夫ですか? 早く、部屋に……」
 心配そうに顔を覗きこんでくるルイと目を合わせずに、ただ頷く。
「ごめんなさいね、シェリー。お話はまた今度」
 リノルアースは微笑み、そう言ってシェリスネイアの脇を通り過ぎる。
「いいえ、風邪をひかないようにお気をつけて。この国は寒いから」
 リノルアースはその国で育ったのよ、と苦笑する。
 弱ったふりをしてルイにもたれかかる。ルイはそれが演技だなんて気づかずに、心配そうにリノルアースを支えた。
「歩け、ますか? 無理なら俺が」
「平気かもしれないけど、歩きたくない」
 リノルアースがそう言えば、ルイがそっと抱きかかえる。まさにお姫様抱っこだ――本当は、全然余裕で歩けるけれど。
 ルイのぬくもりが優しく心の緊張をほぐす。寒いのは身体じゃなかった。
「部屋に戻ったら暖炉の火にあたって、お茶でも飲みましょう。熱はないみたいですから、やっぱり少し廊下に居すぎたんですよ」
「ルイがお茶淹れて。最近飲んでないから」
「……不味いって文句言うじゃないですか」
「いつまでも上達しないでしょう。今なら何飲んでも美味しいわ」
 寒いからね、と付け加えてリノルアースはくすくすと笑う。本当は言うほど不味いわけじゃない。からかうのが楽しかっただけ。
 ルイの首に腕をまわす。その方が安定すると、そう思った。
 ルイの顔がすぐ近くにあった。レイや、アドルバードとは違う――けれど綺麗な顔だと、リノルアースは思う。
 それはそうだ。あの、シェリスネイアの兄なのだから――。


「――――――ルイ」


 静かにリノルアースが口を開く。
 二人は会ってしまった。
 歯車はもう止まらない。
 隠し続けることは、彼にも失礼だ。隠し、偽り、その選択肢を見せないのは。




 これは賭けだ。


 リノルアースはルイの耳元で囁くように言う。





「あなたは、アヴィランテの王子なのよ」






 さぁ、どちらを選ぶ?




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