可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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35

 部屋に着くなり、リノルアースはいつもと変わらず、お茶を淹れて、とルイに命じた。
照れ隠しだろうか――なんて考えて、ルイは思わず頬の筋肉が緩む。


「あとで、アドル様のところへもう一度行って来ますね。心配されているでしょうから」
 茶葉を選びながら、ルイがそう言うと、リノルアースが目を丸くしてじっと見ていた。
「? 何か?」
「……アドルもてっきり私を探してるんだと思った。部屋で大人しくしてるの?」
 ああ、さすがに双子だなと苦笑しつつ、ルイが説明する。
「俺より先に追いかけようとしてましたけど、姉さんに止められてました」
「――それで、あなたはレイに叱られて私を追ってきたってこと?」
 リノルアースがじろりとルイを睨みながら問う。反論の余地もない事実に、ルイは思わず黙り込んだ。
「このヘタレ」
 ふん、とリノルアースがそっぽを向いて吐き捨てる。
「……すみません」
「そんなんじゃアヴィラでやっていけないわよ? もともと王族なんて汚い生き物だらけだし。あれだけの大国ならなおさら」
 行くの止めとけば? と自然な流れでリノルアースがまだ引き止めてくれることが嬉しくて、ルイはにやける顔を懸命に制した。
「それでも、行きますよ。大丈夫です。精神は周囲の人達から鍛え上げられてますから」
「……どぉいう意味かしら? それ」
「いえ、その。リノル様のことではなくてですね」
 リノルアースに詰め寄られて、思わずルイは後退った。
「どうして私を好きになったのか教えてくれたら許してあげる」
「……今の流れでどうしてそうなるんですか」
「私が聞きたいから」
 きっぱりとした、潔い答えにルイも抵抗できない。少し前まであんなにしおらしくて可愛かったのになぁ、と泣きたくなった。
「……そもそも俺は好きだなんて言われてないのにこれまで追及されるのって少し不公平って気がしないわけでも」
「何か、言った?」
「イイエ。何も」
 ぶつぶつと文句を呟くとリノルアースに睨まれたので、ルイは素直に降参する。長年生きてきて身に着けた技能とも言えよう。


「……ルイって、私のこと褒めないわよねぇ」


 無言で抵抗しようとしているルイをじぃっと穴が開くほどに見つめながら、リノルアースがぽつりと呟く。
「何ですか突然」
 ルイが蒸らした紅茶をカップに注ぎ、リノルアースに差し出しながら問う。
「だから。あんたって私のこと褒めないのよ、いつもいつも。口説かれたこともないし。初めて会った時も」
「騎士として仕えるのにどうして口説く必要があるんですか」
 口説きたいなと思ったことはあっても、あくまで主従関係なのだからと我慢してきたっていうのに。
「……あんたの前にいた騎士連中は皆口説いてきたけど」
「はああぁぁぁっ!?」
 寝耳に水なリノルアースの発言にルイはポットを落としそうになった。
 小さな頃はレイが二人の警護を引き受けてきたが、二年前――そろそろ三年になるか、アドルバードとレイが剣の誓いを交わしてから、リノルアースを守る騎士が必要になったのだ。今でこそルイで定着しているが――当時入れ替わりは激しかった。
「綺麗だなんて言葉は当たり前。どいつもこいつも隙あらばって感じで」
 まぁ結局は貴族の子息なんだから、淡い夢を見てたのねー、なんてリノルアースがまるで他人事のように語る。
「そ、そ、そんな連中を騎士だなんて思わないでくださいっ! 騎士道精神をどこかに置いてきたアホです!」
 懸命に騎士団の弁護をしながらルイは頭痛で眩暈がしてきた。
「分かってるわよ。だから全員一週間もせずにクビにしてきたんだもの」
 ああ、何度も入れ替わっていたのはそういう理由ですか、とルイが納得する。
「でもルイは、会った時に褒めることもなかったし、改めて専属の騎士になる時も普通に挨拶したのよねぇ」


 ――初めて会った時は見惚れてて気の利いたことを言えなかったんですよ。


 なんて言ったらどうするだろう。
 苦笑しながらルイはリノルアースの話に耳を傾ける。
「だから、たぶん特別になったのよ?」
 ともすれば聞き逃してしまいそうな――そんな言葉だった。
「え、と。はい?」
 聞き間違いか何かだろうと、ルイが思わず聞き返すが――リノルアースは顔を赤くしてルイから顔を逸らす。
「別に、なんでもない」
 その様子にどうやら聞き間違いではないようだな、と嬉しくなって、ルイは微笑む。
 ほんの少し身を乗り出して――リノルアースの額にそっと、口づけた。
「なっ」
 リノルアースの顔がもっと赤くなって、ルイを睨みつける。照れ隠しだと分かりきったそれに、ルイはもう怯えない。
 くすくす、と笑いながらルイは立ち上がる。
「アドル様のところへ行って来ますね」
「っっっ勝手にすればっ!!」
 リノルアースの怒鳴り声にも思わず頬が緩み、にやけた表情のままで廊下を歩く。冷たい廊下の風は適度にルイの頭を冷やしてくれたが、顔の筋肉は緩んだままだ。




   ■   ■   ■



 そのにやけた顔が戻らないまま、リノルアースの無事を伝える為にアドルバードの部屋に入ると。


「てっっっっめぇ! リノルに手ぇ出してないだろうなあぁぁっ!?」


 リノルアースの実の兄からの鉄拳が待ち構えていた。
 背後に何か別のものが見える気がするんですが。
 冷や汗が背を伝い、ルイは思わず身体を震わせた。リノルアースも連れてくれば良かったと後悔してももう遅い。
「アアアアアアアドル様!? 誤解です! 何もないです! むしろアドル様だって姉さんに手ぇ出してるくせにそこは棚上げですか!?」
「それはそれ! これはこれだろうが!!」
「横暴でしょう!?」
「横暴結構! シスコンだと笑えば良い!!」
「言ってること滅茶苦茶ですけど!?」
 助けを求めて姉の姿を探すが、目が合っても諦めろと合図されるだけだった。
 これも予想できたことか、とルイは諦めて三発だけは義兄の鉄拳を受け入れた。




 それ以後はそれなりにやり返したことは言うまでもない。




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