可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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36

「……レイ。ほんっとうに着ないのか?」
「着ません」


 ルイがアヴィラへ行くことを決意してから、三日が経った。
 各国から集まってきた姫君やら王子やらの滞在も後半になり、後は面倒なパーティが盛りだくさんだ。
「ぜったいに?」
「絶対にです」
「……どうしても、着ない?」
「着ません」
「どーしても着ない?」
「着ません。しつこいですよ、アドル様」
 レイがいささかうんざりしたように答える。
 ふて腐れたようなアドルバードの手には、青いドレスが握られていた。数日後にあるパーティでレイに着てもらおうと思ったのだ。
 いつもの格好だってそれはそれでいいんだけど、やっぱりたまには綺麗に着飾った姿が見たいと思うのは当然の心理なわけで。
「せっかく髪も伸びてきたんだしいいだろ少しくらい! 今回だって結構俺頑張ってるんだからご褒美をっ……」
 最後の抵抗とまでにアドルバードが騒ぐと、レイが少し冷たい目で睨んできた。
「アドル様? 大半の姫君は私が男だと思っているんですよ? それであなたから遠ざけたというのに、ここで女とバラしたら意味がなくなるでしょう?」
 う、とアドルも言葉に詰まって肩を落とす。
 下手にここで躓いて、どこかの国から縁談を持ち込まれても困るのはアドルバードだ。そうならない為の予防線でもあったのだから、ここでアドルバードが喜々としてレイを女装させるわけにはいかない。
「それに今回はあまりアドル様は活躍されていない気もしますが。功労賞はルイのものでしょうし」
 リノル様には特別賞をあげても良い気がしますが。そう続いた言葉にアドルバードはますます肩を落とす。それはつまり、俺は褒めるような働きをしてないと……?


「ご褒美が欲しいなら、これから頑張ってください」



 くす、と笑う声が聞こえて、アドルバードは猛スピードでレイを見るが、時既に遅し。数少ない笑顔だったろうになぁ、と涙を堪える。
 ご褒美欲しさに頑張るのはレイの思う壺だと分かっているのに、結局釣られてしまうんだろうなぁ、とアドルバードはため息を零す。







「――――――で。いつもならそろそろ誰かしらつっこみが入るはずなんだが」


 いつもなら部屋にいる誰かが早々につっこんでくるべきところで、今日はあまりにも静か過ぎる。
 リノルアースやルイは珍しくいないし、そもそもシェリスネイアはアドルバードの部屋には用がない限りやってこない。結果、今ここにいるのは暇なウィルザードだけなのだが。
「……ウィル。何があったんだ」
 ただ静かに黙り込んでぼんやりしているウィルザードを見て、アドルバードが若干怯えたように問いかける。
 昔から付き合いがあるが、こんな様子を見たのは一体何年ぶりか。それこそリノルアースに完膚なきまでに振られた日以来だろうか。
 無反応のウィルザードを見て、困り果てたアドルバードはレイを振り返り見る。
 レイもなす術がないようで、ただアドルバードを見つめ返すだけだ。
 部屋には妙な沈黙が漂い、アドルバードも自分の部屋だというのに居心地悪く感じる。
「……あのさ、何か悩んでるなら微力ながら協力するぞ?」
 ぽん、とウィルザードの肩を叩きながらアドルバードが呟く。
「――――ん、で」
 ウィルザードの口から零れた言葉を聞き取れずに、アドルバードは「ん?」と言いながら耳を寄せる。


「なんっっっっっであんな女なんだよっ!! 学習能力がないのか俺は!? 馬鹿なのか!? 馬鹿なんだな俺!!」


 突然叫んだウィルザードの声に鼓膜が振るえアドルバードは眩暈を起こす。
 倒れそうになるアドルバードを慌ててレイが助け、二人はわなわなと震えるウィルザードをただ見つめた。
「ギャップか!? ギャップのせいか!? 確かにまぁちょっと可愛いなぁとかは思ってしまったけれども!! 落ち着け俺! 本性は魔性の女に違いない――!」
 ウィルザードの取り乱しように呆気にとられながらも、言葉の端々からウィルザードの身に起きたことを推測し、アドルバードなりに答えを出す。


「つまりおまえ、誰かに惚れたのか?」


 アドルバードの指摘に、ウィルザードが奇声を上げる。
「そんでアレだろ? おまえが取り乱すほどの相手で、しかも最近知り合ったのっていったらシェ……」
「死にたくなかったら頼むから黙れ――!!」
 物凄い速さでアドルバードはウィルザードに口を塞がれる。
「つまりはシェリスネイア様に惹かれてしまっている自分を肯定できずにいるんですね?」
 聞きたくない言葉を聞かないようにとアドルバードの口を塞いだものの、レイからあっさりと指摘されてウィルザードはなおも奇声を上げる。
 暴れだす前にウィルザードから脱出したアドルバードは乱れた服を直しながらため息を零す。
「残念なことにそういう手の話は苦手なんだよなぁ」
 人様の恋愛ごとに口だしするのはどうも、と頬を掻きながら取り乱すウィルザードを眺める。
「……だったらルイも放っておいてくれませんか」
 レイがささやかにそう言うと、アドルバードは目の色を変えて「それとこれは別!」と言い切った。結局この間は三発までルイが大人しく受け止めて、それ以後は殴りあいになっていた。収拾がつかずにレイが止めに入ったのは言うまでもない。
「とりあえずウィルの話だ、ウィルの!」
 と、アドルバードが話を戻そうとしたその時。


「そういう話なら私に任せたまえ!!」


 バンっ! と大きな音をたてて扉が開け放たれる。
 馬鹿馬鹿しいくらいに格好つけたポーズで扉の向こうに立っている人物に、不幸な事にアドルバードが覚えがあった。むしろそんな知り合い一人しかいない。
「なんっでおまえがここにいる!」
 礼儀云々はもはや忘れ去ってアドルバードが突如現れた人物を指差す。

 浅黒い肌に、真っ黒な髪。南国の人間の特徴を持った男は、いつもの南国の衣装ではなく、北国用にきちんと防寒された服を着ている。
「呼んだ覚えはないぞ! アルシザス王!!」


 アルシザス――つい数ヶ月前に、アドルバードがリノルアースに扮して訪問した、記念すべき第一国目の国だ。
 早々に男だとバレたものの、その後も女装してやり過ごすことを条件に騙していたことを許されたが、結果リノルアース姫として誘拐されるわ、国王の思惑絡んだ国の一大事に巻き込まれるわで散々だった。
 結果、弱小国のハウゼンランドでは考えられないほどの大国であるアルシザスとの同盟を結ぶことができたわけだが。
「なんだ。カルヴァと、名前で呼んでくれてかまわないぞ? 以前のように」
「うるさい! なんで国王のおまえがここにいる!?」
 国を放ってこんな所までのこのこと――王子であるアドルバードとは責任の重さもあまりにも違う。
「必要だから来たまでだよ。同盟の件もまだ話し合いをすべきところは多々ある。それに――」
 もったいぶったようなカルヴァの言葉にアドルバードは久しぶりに苛立ちを感じた。
 この男と話していると体力が消耗するのはいつものことだ。



「アヴィランテの皇子が来るのだろう?」



 それは利用しなければならないからね。
 その言葉はアドルバードの耳に届かない。


 アヴィランテ。


 最近では聞きなれたその国名に、アドルバードは不安を感じずにはいられなかった。





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