可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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38

 ハウゼンランド王は温和なことで知られている。
 しかしそれだけでは王は務まらないということも十分に理解している人だった。
 その顔を知っているのは恐らく――伴侶である王妃、側近、そして後継者であるアドルバードだけであろう。
 執務室の大きな机を前に書類とにらみ合っている父親は、王としての威厳を確かに感じさせるだけの何かがある。王座に座ればそれはなおさらだ。


「――失礼します、父上」


 そう断って、返事を待たずにアドルバードは部屋に入った。国王はちらりとアドルバードを見た後、すぐにまた書類に目を戻した。
「ご報告があります。そのままお聞きください」
 王位後継者として接する時は少なくとも親子として会話しない。アドルバードも『国王』の前では駒にすぎない。
 国王はアドルバードを一瞥し、目が合ったことを合図にアドルバードはカルヴァから聞いたことを一つ漏らさず報告した。


「――そうか」
 国王の返事はそれだけで、アドルバードも察していたのだろうか、大して驚かない国王に問いかける。


「……父上は、知っていらっしゃったんですか」


 やはり、という言葉はあえて言うことを避けた。
 国王――父は、にやりと笑ってアドルバードと向き直る。ずっと手にしていた書類を机の山の一つへと戻した。
「知らないと思うのかい? ハウゼンランド王であるこの私が」
 ぎし、と父の座る質の良い椅子が軋む。
 アドルバードはため息を吐き出して、いいえ、と答える。
「うちの影も優秀なのでね。三日前にはその情報は掴んでいたよ。うちのような国において情報は兵力や財力よりも重要な力だからね」
 影、とはハウゼンランドの諜報部隊のことだ。国王のみがその隊を動かすことができる。アドルバードですらその諜報員を目にしたことはない。
 情報は力。小国はいくら努力しても兵力、財力は強くなれない。強くなった時は、民に無理を強いている時だけだ。ならばどうやって大陸の中で生き残るか。


 ――各国の内情を知ること。


「では、ルイがアヴィランテの王子かもしれないということは?」
「随分前にディークから報告があった」
「……知っていて、なぜ放置していたんです?」
 一歩誤ればハウゼンランドを潰しかねない大きな秘密を。
 アドルバードは父親を睨みつける。国王の選択として、それは正しかったのか――アドルバードには判断できない。
「あくまで可能性に過ぎないからだよ。アドルバード、もしハウゼンランドがアヴィランテに対して『王子を保護しています』と言ったところで信用されると思うかね?」
「それは」
 ――――無理があるだろう。
 むしろアヴィランテの王が遠い北国の小国の名前を覚えているかさえ怪しい。
「アヴィランテの王族がハウゼンランドにやって来るなんてあの頃は想像も出来なかったことだ。おまえの功績だと、ここは手放しで褒めてやれるだろうな」
 その一瞬だけ、優しい父親の目になる。
 しかしながら今回の婚約者騒動にしろ、以前のアルシザス訪問にしろ――本当にこの父親は息子に試練を与えるのが好きらしい。
「――やって来るのは第二皇子のへルダム様らしい。どうせおまえの為に開かれるパーティだ。おまえが全て取り仕切るのが筋だろう」
「言うと思いました」
 はぁ、とため息を隠そうともせずにアドルバードは答える。
 やって来る人間が誰か教えてもらえただけでも良しとすべきだろう。
「頑張るんだよ。私も早くアデライードと隠居したいのでね」
 ひらひらと手を振ってそうにこやかに笑うのは果たして父親か国王か。王妃の名前を出したあたり父親の面が強いようだが。
「せめて俺が成人するまで我慢してください」
「成人しても所帯はもてそうにないなぁ。レイと一体何センチ差があるんだ?」
 アドルバードの後ろで一言も話さずに待機していたレイに目を向けて父親が問う。アドルバードは姿勢を崩して躓いた。
「ちょっ……! なんでソレ知ってるだよ!?」
 思わず敬語も忘れてアドルバードが父親に詰め寄る。
「私の父が話した以外には考えられませんが」
「正確にはディークがアデルに、そしてアデルが私にという伝言ゲーム式にだね」
 レイと父親の二人に同時に答えられてアドルバードはがっくりと力をなくす。もう王妃を愛称で呼んでいるあたり父親としての顔が高い。むしろ父親として息子をからかっている。
「別に小柄な家系ではないんだけどね。アデルが小柄だからなぁ」
 このままかもね? とにっこりと父親に言われてアドルバードは蒼白になる。
「いやでも父上は背が高いんだから! 遺伝的に問題はっ!! ていうかそしたら俺一生独身ですけど!?」
「あはは、その時は政略結婚かなー。当たり前でしょ。国王になるのに世継ぎ作らんでどうするの」
 にこやかに父親は最悪の状況を語る。そのくせさらに「アデルに似て可愛いんだからいいじゃないか」まで言い出した。
「レイ以外は絶対に嫌です!! ていうかその時はリノルにやるよ王位なんてっ! あいつの方が性に合ってるだろ!?」
「――――だから別に私は身長なんて気にしませんけど」
「俺は気にする!!」
 ぐわっとアドルバードが勢い良く言い返すのでレイも大人しく黙る。
 その光景を微笑ましく見守っていた国王は嬉しそうに笑う。
「うん。愛されてるねぇ、レイ?」
「恐れ入ります」
 さらりとレイが答えるものだからアドルバードが代わりに真っ赤になる。
 そこ返事違うだろ!? なんで恐れ入りますなんだよ!?
「レイは別にいいんだけどね。良くやってくれてるしね。まぁ、なんだ」
 にっこりと笑ったままだった国王の背後から嫌なオーラを感じてアドルバードは後退った。背筋に悪寒が。
「ルイはこのままだとリノルを嫁にやる気はないからね? そこのところ良く姉の君から釘さしておいてくれるかな? うちの可愛いお姫様に手ぇ出したら極刑だよ?」
「……公私混同、職権乱用ですが」
 レイが静かにそう呟く。怖いもの知らずとはまさにこのことだろう。
「お言葉、確かにお預かりしました。ご心配なくとも手を出せるほどの度胸はありません。それよりもご子息にもご忠告お願いしたいくらいです」
「ちょっ! レイさん!?」
 まさかここでアレを言いますか!?
「あれ? うちの愚息が何かした? 婚前交渉は駄目だよ?」
 国王の口から漏れる爆弾発言に乙女のようにアドルバードが耳まで顔を真っ赤にして否定する。
「誰がそこまでするかっ!!」
「あ、してないのか。しょうがない息子だな」
「どっちだ!!」
 悲鳴のようにアドルバードが叫び、国王も大人しく追撃をやめた。アドルバードは激しい運動をした後のように肩で息をしている。
 もういいよ、と国王のお許しが出たのでアドルバードは身体を引きずるように王の執務室から出た。
 父親相手だというのにえらく体力を消耗する。どこぞのアホ国王を相手にするのとはまた別の意味合いで。
 このまま部屋に戻ってもあのアルシザス王がいるというこでアドルバードも足は変わらず重かった。





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