可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「遠路はるばるようこそおいでくださいました。あるのは雪くらいで珍しいものなど何も無い田舎ですが、どうぞごゆるりとご滞在ください」


 張り付いた完璧な笑顔のまま、アドルバードは慣れた口調で目の前の姫君に言う。ついでに手の甲にキスまで送るサービスぶりだ。
 慣れるのも当然、あちらこちらの国から姫君はやって来て、国王への挨拶の後にはもちろん『婚約者になる予定』の王子にも挨拶する。今言葉を交わしているのはどこぞの国の第五王女だか何だかだ。
「王子のお噂はかねがね聞いておりますわ。優秀でいらっしゃいますのね」
「どのような噂かは存じませんが、私は平凡な人間ですよ。ご期待に添えなくて残念ですが」
 社交モードなので『俺』ではなく『私』と使う。こうして挨拶する以上の交流は求めていない姫にはこれくらいで充分だった。
 身長を気にしなければ、アドルバードは美少年だ。双子のリノルアースの美貌が大陸で噂の的になっているのだから、それはある意味当然だった。王子としての仮面を被ったアドルバードはどの姫君の目にも悪い印象なく映っているだろう――それも、数分の間のことだが。
「ご歓談中失礼します。アドルバード様、まもなく政治の講義のお時間です」
「ああ、もうそんな時間か」
 タイミングを見計らって、アドルバードの騎士は姿を現す。
 すらりとした長身で、他の騎士とは一線を置いた王子専属の騎士服を着た『彼女』はどんな男よりも魅力的だろう。女性特有の身体の曲線を、わずかに大きい服で誤魔化している。
「……お、お忙しい中貴重なお時間をいただきましてありがとうございました」
 一瞬レイに見惚れた姫君が慌ててアドルバードに退出の挨拶をする。
「いえ、こちらこそ慌しくさせてしまい申し訳ありません。ご滞在中不自由があればなんなりと」
 にっこりとアドルバードが微笑んでも、姫の目には麗しい騎士しか映っていないように見える。
 にこにこと愛想を振りまく王子よりも潔白そうな騎士の方が好みの姫が多いらしい。これと変わらぬ方法でレイは見事に姫君の関心を自分に集中させていた。女だということはあえて言わずに。




「……嫌だとは思わないのか。おまえ」
 政治の講義なんて本当はあまり受けたくないし受けている場合でもないのだが――姫君から逃れる口実に使った建前上、アドルバードは大人しく教師の待つ部屋へと向かう。
 隣を歩くレイを少し見上げながら問いかけた。
「何がです?」
 レイは分かっているのに時々こうしてわざとアドルバードの口から言わせることがある。
 それに少しむっとしながらも――たとえ同性なのだと分かっていても惚れた相手に誰かが色目を使うのは喜ばしくないことも重なり、アドルバードの機嫌はそれほどよくない。
「女なのに女に好かれることが。俺は女装してる間近づいてくる男どもが気持ち悪くてしかたなかったぞ」
「特に嫌悪感はありませんね。熱心にアプローチされたわけでもありませんし。今回はこうしている方がアドル様は後々楽でしょう?」
 下手にどこかの姫に本気で惚れられても困るので、関心がアドルではなくレイに向かうのは確かに好都合なのだが。
「たとえ私がどこかの国の姫に気に入られたとしても、引き抜かれる心配はありませんし」
 レイは最近の騎士では珍しく、主人をただ一人と『剣の誓い』をたてている。
 騎士は本来国に仕える者であり、個人に仕える者は特例だった。普通の騎士は国王に忠誠を誓い、王家の為、国の為に剣を振るう。一方剣をただ一人に誓った騎士は主人を生涯ただ一人と決め、いかなる時もただ一人の主人の為に剣を振るう。この国で剣の誓いをたてた騎士はおそらくレイだけだ。ルイもリノルアースの専属の騎士ではあるが、それは王宮騎士団の配属で決まったことであって誓いによる主従関係ではない。
 大陸で、もはや風化しつつある風習であるとはいえその誓いは絶対だ。だからどこかの姫がレイが欲しいとアドルバードや国王に訴えたところでそれは叶わない。そもそもレイの性別を知れば諦めるだろうが。
「罪作りな奴……」
「気づかない相手が悪いんです。今の姫で十八人目ですね。あと五人ですか」
「増えなければな」
 増えるでしょうね、というレイの言葉が呪いのように聞こえる。
「それで、良さそうな方はいらっしゃいました?」
 ガン。
 ――と机に頭をぶつけたのはレイの一撃があまりにも強烈だったからだ。


 だってなんでってそりゃおまえ。


「おまえがソレを聞くか!?」
 俺がおまえのことが好きでたぶんおまえもきっと俺のことを好きでいてくれてこんな面倒な縁談話早くなくなればいいのになーとか考えててやっぱり身長のことなんて気にしないでとっとと親に宣言しておけば良かったって思ってるのに!!
「一応。そういう目的のものですし。もしもそういう方が見つかった場合私には何もできませんから」
 それはなんだつまり。
「俺が他の女に惚れるとでも思ってるのか!?」
「世間一般には一目惚れも存在しますから」
 ああそうだろう。そうだろうとも。
 でもそれって何だよ。そんなに俺は信用できないか。そんなに俺がおまえのこと好きでいることは変か。ていうか俺が他の誰かに惚れてもおまえは平気なのか!?
 言いたいことが頭の中で渦を巻く。
 レイの表情はあまりにもいつもどおりで何を考えているかなんて読み取れない。
「…………無理だろ」
 一目惚れなんてそんな。
 だって。


「レイ以上に綺麗な人なんて見たことないし」


 ――と、言ってしまってからアドルバードは思わず自分の手で口を塞いだ。
 何を口走った俺!?
 ちらりとレイを見るが、やはり彼女の顔色は変わらない。表情もまるで揺るがない。ああやっぱりほとんどがこっちの一方通行かと泣きたくなるのを堪える。


「……………………ちょいとそこのお二人さん」


 親父臭いセリフを吐いたのは大陸中で注目されている美しい姫君のはずのリノルアースだ。柱にもたれてこちらを呆れ顔で見ていた。
「リ、リノル!?」
 今ももしかしてもしかしなくても聞かれていたか!? あの恥ずかしいセリフを!?
「ちょっとレイを借りてもいいかしら。知恵が欲しくて。代わりにしちゃ少し情けないけどルイを置いてくから」
 するりと猫のように近寄り、リノルアースはレイと腕を組む。その様になる二人にため息を吐きたくなるのは男側の約二名だ。
 拒否権など初めからないとアドルはただ頷く。どうせ講義の間は離れているから支障は無い。
「ああ、それとアドル」
 くるりと首だけ振り返り、リノルアースはどこか冷めた表情で言う。
「色ボケは人に見えないところでやりなさい。正直見てるこっちが恥ずかしいわ」
「――――っ!!」
 やっぱり聞いていやがったのか!
 あれはだって口が勝手に、という弁解をリノルアースは聞くつもりはないらしい。すたすたとレイを連れて行ってしまった。
 ああもう、結局レイは無反応か――――。






「…………レイ、そろそろ解凍してくれないかしら」
 腕を組んだまま、きちんと歩いている騎士を見上げてリノルアースは呟く。
 無反応ではなかったのだ。ただ、突然の言葉に驚いてすぐに反応は出来なかったが。
「え、あ、すみません」
 いつもよりもはっきりしない口調は、まだ衝撃から立ち直っていないのだろう。
「アドルも天然だからなぁ……さらっとあんなこと言われた日にはイチコロよねぇ。あの馬鹿にもそれくらいの攻撃性があればなぁ」
 あまりにもへタレ過ぎてつまらないわ、とリノルアースは愚痴る。その馬鹿の姉として申し訳なく思いながらも何も言えない。先ほどのアドルの一撃はかなり大きかった。
「……私はズルイですね」
 ようやく回復し始めたレイが呟く。
 うん? と首を傾げながら見上げてくるリノルアースに苦笑しながら続ける。
「時々、こうして確認しないと不安なんです」
 あの人の行動を見ていればそれは一目瞭然なんだけれど。
 それでも時々、わざと仕向けることがある。
「仕方ないんじゃない? 恋は人から自信を無くさせるものだから」
 その大人びたリノルアースのセリフに、レイは返す言葉がなかった。




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