可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 シェリスネイアの言葉は、アドルバードやリノルアースには簡単には理解し難いものだった。そもそも彼らには異母兄、異母弟がいない。ハウゼンランドは一夫多妻制を廃してから随分になる。
 兄が、妹を潰す。
 そういう国もあるのだと、理解している。けれど頭はついていかない。ついていこうとしない。






「――この国に来たばかりの頃、刺客に襲われたことがあったでしょう? 言いませんでしたけど、あれはたぶんヘルダムの差し金ですわ。あれは、私を利用することよりも排除することに力を入れているから」
 シェリスネイアは疲れた笑みを浮かべながら、そう説明した。
 雪が見たいと、そう言ったシェリスネイアを山まで連れて行った時の話だ。レイが腕に軽傷を負った。シェリスネイアほどの人間であれば、襲われる理由が多くありすぎたので深く追求しなかったことを思い出した。
「まさか」
 思わずアドルバードの口からそんな言葉が零れた。
「まさか、でしょうね。あなた方にしてみれば。アヴィラは醜い国ですもの。場合によれば、たとえ同じ腹から生まれても争うこともありますわ」
 まぁ、王の子を二人も授かる妃がそう多くありませんけど、とシェリスネイアは呟く。その点でシェリスネイアの母は、一時と言えど深い寵愛を受けていたことが伺えた。
「アヴィラの王は人間ではない化け物ですわ。その化け物の子供は、所詮化け物。アヴィラという国は人間の皮を被った化け物の巣窟です。……第一皇子のサジム様も、私を利用しようと、そう考えているから生かしているだけですもの」
 実際に王の子で権力を持つのはせいぜい第三皇子くらいまでだ。それより下はあくまで予備の駒に過ぎない。そもそも姫には初めから権力など与えられないのだ。
「――ヘルダムはサジム様を妬んでいる。だからサジム様の駒となった私を始末しようと考えているんでしょう。私は姫の中では良い駒ですから」
 前から匂わせていたが、そこでシェリスネイアがサジム派であることが明らかになった。
「……つまり、姫がハウゼンランドに来たから、ヘルダム様も追ってくるのだと?」
 そう問いかけるアドルバードの喉はからからだった。
 知っていたことだが、本当に王族の世界は汚いものだらけだ。
「刺客を放っても効果がなかったので、焦ったんでしょう。私を暗殺し、そしてその罪をハウゼンランドに被せる。そうして、最近突出してきた王子のことを押さえつけよううとしているんでしょうね」


「――――ひいては我が国を、かな」


 苦笑しながらカルヴァが呟く。
 カルヴァが治めるアルシザスとの同盟は、アドルバードの力によるものだと大陸の者ならば誰でも耳にしている。アドルバードを潰すことは、そこからアルシザスを潰すきっかけにもなるということだ。
「……悪い、巻き込んだな」
 関係なかったのに、とアドルバードが小さく謝罪した。カルヴァがハウゼンランドと同盟した理由など、娯楽の一種のようなものだったのに。
「謝る必要はないだろう。前回はこちらが君を巻き込んだ、今回はこちらが巻き込まれた。これで帳消しではないか」
 巻き込まれたことは同盟の件で帳消しだったはずだろ、という言葉をアドルバードは飲み込んだ。ここは素直に頷いておこう。


「謝るのは、私の方です。私がハウゼンランドへ来なければ、このような事態は起きませんでしたわ」


 シェリスネイアが唇を噛み締めて、そう低く呟いた。
 そして一瞬沈黙がその場に落ち、小さくシェリスネイアが「申し訳ありません」と呟く。沈黙は、誇り高い彼女が覚悟を決めるまでに必要な時間だったのだろう。
「あんたが謝る必要がどこにある? あんたも被害者だろうが。命狙われてるんだろ? そんな状況で他人気遣うことなんてない」
 降ってきた声はどこか怒りを含んでいるようだった。
 俯いていたシェリスネイアが真っ先に見た先に、その声の主はいた。声を聞き間違えなくなるほど、この男と接していたのかとシェリスネイアは自分の行動に驚かされた。
「今更しおらしくされたってこっちの気が狂うんだよ。あんたはあんたらしく堂々としてろ」
 私らしくって?
 そう問おうとした口を閉じた。周囲に人がいることなんて忘れて、いつかのようにこの男に弱味を見せるところだった。


「ウィルの言うことはもっともだな。この件に関して誰かが責任を感じる必要はない。重要なのはどうやってこの危機を乗り越えるかだ」
 にやりとアドルバードが笑いながらそう言う。
 それだけのことで、部屋の雰囲気が一気に変わった。陰鬱な風はどこにいったのだろう。日の光が部屋全体に差し込んでいるようだった。


「――そしてその為に、あなたの協力は欠かせませんね。シェリスネイア姫?」


 優しく微笑むアドルバードに、シェリスネイアは困ったように微笑み返した。
 励まされてしまったんだろう。不覚にもあの男に。
「私に出来ることならば何も惜しみません。ご協力させていただきますわ」
 お願いします、と答えるアドルバードは少し頼もしい。その隣でシェリスネイアと顔を合わせないように横を見ているウィルザードも。
「で、何か案はあるか?」
 皆に問いかけるようにしつつ、アドルバードの目は後ろに控えているレイに向けられていた。
 レイは目だけで答え、一歩前に出る。
「一つだけ、先に危惧すべきことがあります」
 真剣なレイの声に、その場の空気も引き締まった気がした。
 ちらりとレイはルイを見て、口を開いた。


「――ルイがアヴィランテの行方不明の皇子だと知られた場合、ルイも暗殺される可能性が」


 びく、とリノルアースの身体が震えた。それが傍目にもよく分かってしまう。
「……まぁ、そうでしょうね」
 当本人はさほど驚いた様子もなく、そう答える。さりげなく右手がリノルアースの肩に触れていた。心配する必要はないとでも言いたげに。
「けれど、それは逆に武器にもなるでしょう? 俺に刺客の目が向けばシェリスネイア姫が襲われる危険性も減る。シェリスネイア姫を守るのと、俺が応戦するのとでは安全性もかなり違います」
 守られるだけの存在にはならないと、暗に言っていた。
 騎士として育ったルイとしては、皇子として周囲から守られることは善しとしないだろう。
「それも確かに一理ある。そしてもしおまえに何かがあった場合、こちらが反撃する材料にもなる」
「『保護していたアヴィランテの皇子が、ヘルダム様の策略によって殺された』……内輪の争いに巻き込まれた、と?」
 レイの言葉を付け足すようにカルヴァが笑う。
「――本当に、君は敵に回したくないな。騎士殿。君の主より冷酷な判断をする」
 幼さ故か、人格からか――アドルバードもリノルアースも少し青ざめたままその話を静かに聞いていた。ウィルザードは苦い表情で、シェリスネイアはどこか焦っているように。
「どう評価されてもかまいません。あくまで事実の確認です。そう簡単に殺される男ではないと、弟を信じていますから」
「俺としても死ぬつもりはありませんよ。腕一本くらいだったら別にくれてやりますが」
 どうしてこう変なところで似てるかな、この姉弟は――とアドルバードが苦笑する。もっと素直に言葉にすればいいものを。
「ルイ」
 怒ったようなリノルアースの声が低く響き、ルイは「はい?」とリノルアースの怒りに気づかずに素直に返事をする。
「腕一本だろうが髪一本だろうがあんたは私のものでしょう! 勝手なことは許さないわよ!」
 ルイを見上げながらそう怒鳴るリノルアースの顔を見て、ルイは思わず笑ってしまった。それがさらに火に油を注ぐ。
「何がおかしいって言うの!? 返事は!?」
「は、はい。申し訳ありませんでしたリノル様」


 それはつまり、怪我をするなと言いたいんですよね?




 その意地悪な質問を、ルイは黙って胸の奥にしまうことにした。


 


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