可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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43

 ――あのアホ国王も護衛役なんじゃないのか。


 結局二人きりじゃないか、とそんな愚痴を頭の中で繰り返しながらウィルザードは大人しくシェリスネイアの隣を歩いた。すぐ隣にいるシェリスネイアはリノルアースと比べても華奢で、つい先ほどその口から零れたような凄惨な生き方をしてきたとはとても思えなかった。
 誰にも寄りかからずに生きようとする彼女が切ない。
「――――生きにくそうだな」
 気がつけばぽつりと零していた。
 ただ独りで誰が敵かも定かではない状況で生きていくなんて、こんな少女が選ぶにしては過酷すぎるような気もした。
「それ、私のことかしら?」
 くす、と笑みを浮かべながらシェリスネイアはウィルザードを見上げた。
「あなた以外に、ここに誰がいるんです?」
「ここにいる人間とは限らないでしょう。私の目にはあの騎士も随分と捻くれた道を選んでいるように見えますわ」
 騎士は二人いますけど、どちらですか。
 そんな意地悪も思い浮かんだが素直に胸の奥にしまった。
「彼女にはアドルがいるでしょう。アドルは何があろうと、彼女を疑うことはないでしょうから」
「他人でもそう断言できるのだから、あの二人の関係はある意味で理想形なのかもしれませんわね」
 シェリスネイアが窓の向こうの重い雲を見つめながらそう呟いた。重い雲からは今にも雪が降ってきそうだ。廊下は寒く、冬の気配が濃くなっていくことを肌で感じた。
「あなたも、もう少し人に頼ったらどうですか」
 ウィルザードはそっと手を伸ばし、無意識にシェリスネイアの髪に触れようとしていた。その手を止め、ゆっくりと下ろす。
「頼れるような人間は、アヴィラにいません。どうせあと数年すれば政略結婚でもさせられるんでしょうし、そうなれば嫁ぎ先も敵の群れですもの」
 だからここで誰かに甘えるなんて嫌なのだと、シェリスネイアの身体は差し伸べられる手を振り払う。
「――ルイをアヴィランテに連れて行くんでしょう」
 血の繋がった妹だと、今は完全に受け入れることは無理でも、彼はたぶんシェリスネイアの味方になるだろう。アヴィラではルイが守るものはシェリスネイアしかいない。
「いつかここに戻る人です」
 きっぱりとした返事に、ウィルザードは思わず言葉を飲み込んだ。
 そこまで完璧に割り切っていられるのもすごい。
 シェリスネイアはまるで気にした様子もなく、寒い廊下を静かに歩く。慣れないドレスだというのに、その姿には隙がない。まるでいつも優雅に着こなしているもののように、彼女に溶け込んでいた。
「それなら、優しい男のところへ嫁ぐんですね。それくらいしか救いようがない」
 思ってもいないことを口にして、ウィルザードは先に歩いていたシェリスネイアに追いつく。誰が惚れた女に男を薦めるか。
「救いなど求めてませんわ。それにどうせ、政略結婚だと」
「このパーティでは腐るほど王子も国王も来ますよ。姫君の量には敵いませんがね。その中に条件に合いそうなやつもいるでしょう」
 しかしウィルザードの口は勝手に言葉を続ける。
 なんでこんなことを言っているんだか、と苦笑するしかない。
「……近づいてくる男など、皆権力目当てですわ」
「そうじゃない男も中にはいるんじゃないですか。物珍しいやつが」
 もう自棄だ、とウィルザードは答える。
 シェリスネイアの丸い黒い目はじっとウィルザードを見上げて、その顔を伺っている。
「そうかもしれませんわね。現に今隣に一人いますし」
 笑うわけでも、茶化しているわけでもない、平坦な声。
 ウィルザードは自分の耳を疑った。つまりそれは自分もカウントされているということか、それとも――。


「ではお部屋までお気をつけて」


 気がつけばシェリスネイアの部屋の前で、シェリスネイアは優雅に礼をして部屋の中に入っていってしまった。
 お気をつけるのはあんただろう、と素で言いそうになって自分の手で口を塞ぐ。
 顔が熱い。
 どうしてあんな流れになったのだろう、とそんなことを繰り返してウィルザードは唸りながらその場に蹲った。






「……完全に重症だな」
 頭上から声が降ってきて、顔を上げれば本来ならばもとからここにいたはずのアホ国王だ。
「……その憐れむような目やめてくれませんか」
「む。すまない。無意識に」
「……その発言もかなり失礼なんですが。あんた大国の王じゃなければ殴ってますよ」
 一応ウィルザードの頭の中にも自制心という言葉は残っている。国際問題を作らないだけには脳は機能していた。
「別にかまわないがね。アドルなんぞはぽんぽん怒鳴るわ殴るわ」
「それはあいつの特性です」
 とりあえずいつまでもシェリスネイアの部屋の前にいるわけにはいかない、とウィルザードはカルヴァをひっぱってその場から去る。
 シェリスネイアの部屋から離れた、寒い廊下の影で会話は再開された。外に出るには上着が足りなかった。
「それで、何があったんだね? 人生ならぬ恋愛の先輩に相談してみたまえ」
「……アドルの話によるとあんたも一方通行らしいじゃないですか。何先輩面してんですか」
「無論片思いにおいてはスペシャリストだ!!」
「……そこは誇るとこなんですかね」
 冷たいウィルザードのつっこみにへこむこともなくカルヴァは実に誇らしげに胸を張っている。
 確かにこれは疲れる、とウィルザードはアドルバードがいつか言っていた言葉を思い出していた。
 とにかく状況整理もかねてカルヴァにかいつまんで説明した。







「――なんだ。そのまま求婚すれば良かったではないか」


 ごん。
 ウィルザードは力が抜けたように柱に頭をぶつけた。地味に痛い。
「どうしてそういう話になるんですかっ!?」
「そういう話じゃないか」
 きっぱりとカルヴァに言い切られて、ウィルザードはシェリスネイアとのやり取りを何度も反復した。
「……そうなるのか?」
「そうなるだろう」
 あまりにも自信満々なカルヴァに毒されたのか、そんな気がしてくるような錯覚に陥る。
 しかし最後の、シェリスネイアの平坦な声に、冷静さが取り戻される。
『そうかもしれませんわね。現に今隣に一人いますし』
 あれはどういうつもりで言った言葉なのだろう?
 希望がないと思うには冷たさもなく、希望を持つにも喜びも温かさも感じない。
「こうなれば早速求婚を――」
「いやいいです。どうせ無理だし」
 先急ぐカルヴァを引き止めて、ウィルザードはため息を零す。
「何故だね」
「うちではアヴィランテと釣り合いが取れませんから。政略結婚になり得ません」
 求婚だの言い始める前の話だ。
 ウィルザードはどこかすっきりしたような顔で、少しだけ悲しそうに笑う。



「なら、せめて彼女が安らげるような男を探してやりますよ」
 その方が未練が残らなくていい。


 シェリスネイアは彼女の国に相応しい国に嫁ぎ、そして自分はそれなりの国の、それでも自分の国に見合った国の姫と結婚しなければならないのだろう。
 もとより出会ったことすら偶然で奇跡だ。






 彼女が彼女を守ってくれる誰かを見つけるまで。





 それまではせめて自分が、彼女に振りかかる火の粉を払おう。





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