可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「――彼は、私の弟です」


 す、とレイがルイの前に立つ。ルイより背が低い為に全てを隠すことはできないが――……一種の牽制なのだろう。
「へぇ? 随分と似ていないね」
 ヘルダムの探るような目は相変わらずだ。狙いを定める獣のような鋭さがどこか感じられた。
 下手に嘘をついても見破られるだろう、レイは直感的にそう思った。
「白と、黒ですからね」
 それでも誤魔化すように話題を逸らす。
「砂漠の民の言葉だったかな? なるほど、面白い名付け方だねぇ」
 明かすべきか、明かさざるべきか――平静を装いながらもレイは考えていた。未だにヘルダムの狙いは掴めていない。シェリスネイアの命なのか、アドルバードの命なのか、それともまるで別のものなのか。
「拾った犬猫につけそうな名前だよねぇ」
 くすり、と笑う目が笑っていなかった。背筋に冷たい何かが這った感覚が気味悪い。ルイは思わず一歩後退った。


「――――どこまで、知ってるんです?」


 静かに問うレイの声がやけに響く。
 隠すことはもう叶わないと、ルイも本能で悟っていた。
「たぶん、ほとんど――かな? だてに長く生きていないしね?」
 君達には負けないくらいには、と笑うヘルダムは若く見えるものの、二十四歳くらいだったはず。レイが立ち向かうにも経験が足りなかった。
「……ルイ、先に戻りなさい。アドル様にヘルダム様が来ることを伝えるように」
 せめて心構えを作る余裕くらいは必要だろう、とレイが小さく命じる。ヘルダムは聞こえたその声を流し、ただ目を細めて傍観するだけだ。
「え、姉上……!?」
 敵かもしれない男を、という顔でルイは姉を見る。しかし揺るがないレイの瞳に大人しく頷く。今部屋にはアドルバードとカルヴァ、そしてリノルアースがいる。たとえ乱闘が始まろうとこちらが有利なはず。
 ルイは一礼してその場を去る。
 わずかな沈黙の後、レイはじっとヘルダムを見た。


「先に、言っておきます。我が主を傷つけるとあれば誰であれ容赦はしません。そして――――」


 一瞬言葉に詰まった後で、レイは睨むようにヘルダムを見た。
「あれは私の弟です。この国一の男の息子であることもお忘れなく。何かあればそれ相応に」
 静かな――そう、とても静かな殺意にヘルダムは微笑む。
「それは、脅しのつもりかな?」
「いいえ。念を押しているだけです」
 脅しにならないということくらい、レイにも分かる。いくらヘルダムが腕の立つ人だとしても――ここで命を奪うことはそう難しくないだろう。しかしその後を考えれば、そんなこと実行することはできない。大国を前にハウゼンランドは無力に等しい。
 それに、もし――ヘルダムがルイの真実をあの一瞬で探り当てたとしたら、その時はハウゼンランドが罪を負う可能性も捨て切れない。
「いいね、貴女のその性格は清々しくて。貴女がそこまでするほどの人なのかな、あの王子は」
 レイは部屋に向かって歩き始める。返事がないことを気にする様子もなく、ヘルダムも後ろをついてきた。


「――――あの人は、私の全てです」


 振り返ることもなく、レイは呟く。
 その答えにヘルダムは何も言わずに、ただ優しく微笑んだ。





   ■   ■   ■






「――――なんでそんなことになってるんだ?」
 慌てて戻ってきたルイにヘルダムの訪問を告げられて、アドルバードは青ざめる。
「アドルの解毒薬をヘルダム様からいただいたからでしょー? まだ接触してきているのは初耳だけど」
 リノルアースがため息を吐きだしながら答える。
「俺はその事実すら知らん!」
 おいてけぼりか! とアドルバードは怒りながら机を叩く。
「え、え、と、ですね。姉上はたぶんアドル様の身の安全を考えて、何も言わなかったんじゃないかなー、と弟の俺は推測するんですが」
「そんなことは俺でも分かるわ! 弟だからってデカイ顔するなむかつく!!」
 俺がいつデカイ顔したっていうんですか、と泣きごとを言うルイをリノルアースはじっと見る。
「それじゃあ、あんたのことはバレたと思っていいのかしら?」
 レイに隠し事をされていたアドルバードは怒りのあまり使い物にならないようだ。リノルアースはそんな兄を放って、その場を整え始める。ヘルダムが来る前に整理しておかなければ。
「おそらく、気づいていると思います。立ち聞きした内容からいっても、完全に敵というわけでもなさそうですが」
「自分に益があると思えば形だけでも味方となるだろう」
 カルヴァがいつになく真剣な顔で呟く。
「レイは一人で探ろうとしていたわけね、ホントあの人には驚かされるわ……」
「だからなんて全部一人で抱え込もうとするかなぁ俺はそんなに頼りないのかそれは身長のせいかチビだからなのかレイの奴いつもいつもいつも勝手に動いて勝手に解決してたり助かるんだけどそれってどうよっていうかぁ!」
「そこのチビうるさい」
 ぶつぶつとアドルバードが愚痴っているのに嫌気がさしてリノルアースが手ごろなクッションを兄に向って投げる。
「おまえの方がチビだろ!?」
「私が言ってるのは心の方よ心の! チビで狭くて最悪ねぇー!!」
「なにおう!?」
 そこらへんにしてくださいよ、というルイの制止も聞かずに双子は言い争いを始める。レイはそんなことのために猶予をくれたわけではないだろうに。
 わずかな間激しい言い争いが続いたあと、リノルアースがこほんとわざとらしく咳払いする。
「まぁ、しかたないわね。アドルのためにここでもう一つ教えておいてあげましょ」
 本当はレイがいる場で、と思っていたのだけど。そう前置きしてリノルアースは続ける。
 ふざけていた雰囲気がどこにいってしまったのだろう――リノルアースが静かに目を閉じ、その青い瞳がまた姿を現した時には部屋はしんと静まり返っていた。
 リノルアースの唇がゆっくりと動く。
 アドルバードは耳を疑った。





「アドルに毒を盛ったのはシェリーよ」




 嘘だろう、という言葉はリノルアースの静かな瞳が言葉にさせなかった。
「分かるわね? 少なくともシェリーは敵なの。このことをよーく考えて、ヘルダムを見極めるのね」
 カルヴァはやはりな、と小さく呟いていた。
 アドルバードは言葉に詰まって、そして近くにいたルイを見た。彼も知らされていなかった――知らせたくなかったのだろう、リノルアースは――青ざめた顔で、ただ茫然と立ち尽くしていた。










「アドル様、戻りました」



 レイのその綺麗な声が耳に届くまで、アドルバードの世界は止まっていた。
 ゆっくりと開く扉の向こうには銀髪の騎士と――南国の皇子が並んで立っていた。






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