可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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55

 ヘルダムが部屋にやって来て、妙な沈黙が部屋を支配する。
 レイがすっとアドルバードのもとへと戻り、耳元で「大丈夫ですか?」と静かに問う。
心配するな、という意味で一度頷く。
「そちらはアルシザス王、カルヴァ様かな? こうしてお会いするのは初めてですね?」
 緊張するハウゼンランド側のことなど気にならないのか、ヘルダムがにこやかにカルヴァに挨拶する。
「ああ、お会いできて光栄だ。ヘルダム皇子」
 カルヴァも外交面のままで握手を交わしている。
 ヘルダムは笑顔を崩さないまま、いいなぁ、と呟く。
「やはり貴方は人を集める何かがあるんですかね。アドルバード王子。魅力的な人がたくさんいる」
 褒めているのか、そうではないのか――図りかねてアドルバードはただ苦笑する。
「俺の力ではありませんよ」
「いや、たぶん引き寄せる力があるんでしょう」
 きっぱりと言い切られてアドルバードは言葉に詰まる。にっこりと笑うヘルダムに早くも押され気味だ。





   ■   ■   ■





「――――とある、国の話です」


 静かにヘルダムが口を開いた。
 笑顔の仮面は張り付いたまま、その表情の奥は読み取れない。アドルバードはただ黙って話を聞くことにした。リノルアースも今のところは口を挟むつもりはないらしい。


「国はとてもとても大きかった。王様にはたくさんの息子と娘がいた。どれも違う女に生ませた子供で、お互いに兄弟だなんて意識はなかった。王様は次から次へと若い妻を迎え入れて、子供は増えていく一方だった」


 淡々と語られるその話がアヴィランテのことであることは容易に分かった。


「息子が八人まで増えたところで、生まれた息子はどんどん変死するようになった。一人は病気で、一人は落馬で、一人また一人と――実際は他の息子の後ろ盾が暗殺しているなど、暗黙の了解で知られていた。そのうち男の子が生まれた場合は密かに逃亡させたりしているようだった」


 ヘルダムはその時に一瞬ルイを見たようで、リノルアースやアドルバードの肝は冷えた。しかしヘルダムはそのまま語り続ける。


「おのずと子供たちの中で権力は一番最初の息子に集中した。彼は権力を駆使して生まれてくる男の子を殺し、女の子は駒として生かした。成長するにつれその独裁はひどくなり、もはや裏で動かす力は王様も超えていた。国はどんどん腐敗していった。他の息子も黙っているわけではなかった。しかし力ない者は叩き潰されるだけだった。そこで、二番目の息子は考えた」


 ぎし、とヘルダムが深くソファに沈む。
 その深い緑色の瞳がアドルバードを捕らえた。




「従順な――または興味のない風に装って、徐々に周囲から埋めてしまおう、とね」







 現在アヴィランテ内の勢力は第一皇子サジム派と、表面下で動くヘルダム派がある。サジム本人もヘルダムを中心に据えようとする動きには気づいているだろうが、本人が動いているという確たる証拠は掴んでいないはずだ。気づかれないようにしか、ヘルダムは動いていない。
「……それが、あなたの本音ですか。ヘルダム皇子?」
 アドルバードは静かに口を開いた。
「――――王座を手に入れる。そのために?」
 続いた問いに、ヘルダムは笑った。
「アヴィランテを浄化するために、かな」
 随分と偉そうな大義名分だけど、と付け加えられる。だけどこれがヘルダムの本心なのだろうと、アドルバードは本能で悟っていた。
「外国勢力を味方につけるにも、うちでは力不足だと思いますけどね。アルシザスはともかく」
「アルシザスを味方につけようと考えればこちらが最短ルートだった、と言えばいいかな。将来成長するであろう国でもあるしね」
 アルシザスが目的だった、と隠さずに言うあたりがいっそ清々しい。
「そもそもシェリスネイアがこの国に足を踏み入れなければ、俺も来ることはなかったけれどね」
 ぴく、とその言葉に反応したのはルイだった。しかし口を開くことなく、黙り込む。
「シェリスネイア様を、殺すおつもりですか」
 弟の中に浮かんだ疑問を、レイが口にした。
 まさか、と笑うヘルダムは相変わらず心の内が読めないが、一番接触しているレイとしては偽りはないのだろうと感じた。
「以前にも言わなかったかな? 俺は誰も殺す気はないよ。無益に血を流すのは本意じゃない。あの子を殺そうとしているのは俺じゃないしね」
 シェリスネイアが暗殺の危機にあるということを隠すつもりはないらしい。 
 リノルアースがふぅん、と呟く。しばらく無言で観察していたが、それもそろそろ終わりのようだ。
「では、誰がシェリーを殺そうっていうの?」
「それが貴女の地なのかな。麗しのリノルアース姫。君の兄君はシェリスネイアに殺されかかったんだと思うけど?」
 その言葉にアドルバードとルイの表情が固まる。上手い切り返しにカルヴァやリノルアースは面白そうに微笑んだ。
「そこまで知っていらっしゃるの。そうよね? その節は解毒薬をどうもありがとうございました。……けどそれとこれは別よ。実行したのは確かにあの子だけど、裏で操ってる人間がいるんだから」
 違うかしら? と小首を傾げて問うリノルアースの姿は実に可愛らしい。


「シェリスネイアはサジム派だよ」


 答えるヘルダムの声は驚くほどに平坦だ。
 ただ張り付いた笑顔だけがそのままで、それがある意味で不気味にも思えた。
「――彼女は、サジムの駒だからね。そうしなければ彼女の母親が生きていけない。彼女が王子に毒を盛ったのもあちらから指示があったからだろう。そして俺に罪をなすりつけるなり、俺も後で殺そうと考えていたのかもしれない」
 それは、あの美しい少女からは想像できない言葉だった。ここにウィルザードがいなくて良かったとアドルバードは思う。
「……なぜ?」
 ルイが静かに問う。それは少し意味の掴めない問いだ。なぜシェリスネイアはサジムの駒なのか。なぜ母は生きていけなくなるのか。なぜ彼女は毒を盛ったのか――その全てが含まれているようで、その全てが関係のない言葉のようだった。
 ヘルダムの深緑の瞳と、ルイの緑色の瞳がぶつかった。
「彼女の母は狂っている。その上病んでしまった。もし声高に俺の味方につけば、彼女の母はサジムに簡単に殺されてしまうよ。――あんなのでも、一応親だからね。彼女にも肉親の情はある。親を守ろうとするなら、俺にはつけない」
「……本心では、ないと?」
 ヘルダムの言葉に、ルイの表情が見る見るうちに曇っていく。問いかける声さえいつもの彼ではないようだった。
「――優しい子だからね、本心ではないだろう。ハウゼンランドへ来たのも、あわよくば彼女を味方につけようと思ったからだ。あの子の利用価値は高い。だからサジムもある程度自由にさせているし、今まで生かしてきた」
 じ、とヘルダムの瞳がルイを観察するように見つめる。
 リノルアースはその瞳に少し動揺し、誤魔化そうと口を開きかけた。
「妹を、救いたいと思うのなら俺につくことだね。ヴィルハザード」
 しかしリノルアースの言葉はヘルダムの声に遮られる。






 ヴィルハザード。





 聞いたことのない名に、ルイの瞳が揺れた。
 ヘルダムはにっこりと微笑みながらルイの顔を見つめた。




「アヴィランテ帝国第九皇子、ヴィルハザード。――――君の本当の名だろう? ルイ・バウアー」






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