可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「――――ヘルダム様」


 アヴィランテから連れて来た従者の一人が静かに一つの手紙を差し出してくる。その従者はアヴィランテにいる仲間との連絡を任せていたはず。
 何があった、と問うのは避け、ヘルダムは黙って手紙を受け取った。
 手紙の内容はそう長くない。
 ヘルダムは一瞬だけ目を見開き、そして小さく吐息を零す。


 渡された時と同じように静かに封筒の中にしまい、そしてそのまま暖炉へと放り投げた。
 ぱちぱちと音をたて、手紙は簡単に灰になった。
 その手紙が燃え尽きるまで、ヘルダムは黙ったまま見つめていた。





 ――――優しいあの子は、たぶん泣くだろう。






   ■   ■   ■





 鏡に映る自分の姿を見て、シェリスネイアは一つ決意する。
 菫色のシンプルなドレスはシェリスネイアの美しさを引き立て、装飾品はそれぞれ主を飾ることに誇りを持っているかのように輝きを放つ。北国のハウゼンランドに合わせて結いあげた髪には白い薔薇が咲き誇っている。
 アヴィランテでは見たこともないような自分の姿に、シェリスネイアは苦笑した。
 衣装も、生活も、城の形も――何もかもが違うこの国とも、もうすぐお別れだ。
 初めての恋も、ここでお別れ。
 鏡に手をつき、シェリスネイアは微笑む。


「私は――幸せだったわね」


 たとえこのまま尽きる命でも、幸せだと思える瞬間は幾度もあった。そしてそのほとんどはこの国に来てから与えられた。
 散るのならこの国で散りたかったけれど――それは大事な友人に迷惑がかかる。それは許せない。
「シェリスネイア様、ウィルザード様がいらしました」
 今日のエスコートを申し出てくれたウィルザードに、シェリスネイアは素直に甘えた。その為に迎えに来てくれたのだろう。
 もう夕暮れだ。太陽は西の彼方へと沈み、パーティが始める。あちらこちらの姫君が己を最高に着飾って来る。
 けれどその中でも一番美しいのはシェリスネイアだろう。もしくは――このドレスと対になるドレスを着た北国の姫君か。
「お待たせしましたかしら?」
 迎えに来たウィルザードに微笑むと、一瞬遅れてから「いや」と返ってきた。
 綺麗だの一言くらい言えばいいのに、と苦笑しながらシェリスネイアは差し出されたウィルザードの手をとる。たぶん迷いなくそんなことを言う人ならばこんなに惹かれなかっただろう。


 雪のように、潔く消えてしまいたい。





 けれど願わくば――この人の心の中には永久に消えぬ雪の結晶となりますように。







  ■   ■   ■







「結局――こうなるのか」
 朝早くに妹に起こされたアドルバードは、眠気も吹き飛ぶ己の完璧な姿を見て愕然とする。
「仕方ないでしょう。リノルが危険かもしれないなら、念を入れた方がいいわ。私のフリして側にいてくれれば安心だし」
 そう胸を張って言い返すリノルアースは黒い衣装に、金の縁取り、真紅の装飾を施した男物の服を着ている。そう、本来ならばアドルバードが着るはずだったものとまるっきり同じ、リノルアースのサイズに合わせたものだ。多少の身長差は踵の高い靴でカバーされてしまった。
 対するアドルバードはリノルアースの着るはずだった――シェリスネイアと揃いのドレスを着ている。薄紅色のドレスはシンプルだが、着る人間の美しさを十分に引き立てる。髪を飾る赤い薔薇がドレスの質素さをフォローしていた。真冬のハウゼンランドで生花を髪に飾ること自体が贅沢だろう。
「シェリーには白い薔薇を贈ったの。黒い髪に映えるでしょうねぇ」
 にこにこと楽しそうに笑うリノルアースからは、上手く感情が読み取れない。
 随分とシェリスネイアを気遣っているようだが、本来の彼女ならば千倍返しするに等しい相手だ。リノルアースのもとからルイを奪い、兄のアドルバードには毒を盛ったのだから。
「――気に入ってるよな、おまえ」
 シェリスネイア姫のこと、と口にしなくても双子の妹には分かる。
「ええ、まぁ。似た境遇だしね。……似てるけど、私よりずっと可哀想だわ。本人がそんな同情求めてないから言わないけど」
 それより、とリノルアースが真面目な顔でアドルバードを睨む。
「計画! 一言一句違えずに覚えているんでしょうね!? 私がレイを借りていくんだからフォローはないと思いなさいよ!?」
 何を隠そう朝早く起こされたのは昨日の夜のうちにリノルアースとレイによって話し合われた内容を頭に叩き込むためだ。おかげでもう夕暮れになる今も眠い。
「計画ってほどでもないだろ……なんせ親玉は遠い南の空の下だし」
「手下は山ほど潜んでるでしょーがっ!!」
 それも国としてはどうなんだろう、と思いながらアドルバードは乱れたドレスの裾を直す。


「分かってる。守るよ。おまえの数少ない友達だもんな」


 アドルバードは微笑みながらリノルアースの頭を撫でる。
「……その格好で言われてもときめかないわ」
 残念ね、と言いながらもリノルアースの頬は心なしか少し赤い。照れ隠しかとアドルバードは苦笑する。
「それに、ヘルダム皇子からも言われてるからな」
 昨日、静かに「守ってやって」と言い残したヘルダムの姿を思い出してアドルバードは付け足す。
「そうね……ヘルダム皇子の方がルイよりよっぽどお兄さんらしかったわね」
「半分血は繋がってるんだから、兄だろ」
 兄ではないようなリノルアースのセリフをアドルバードはやんわりと注意する。
「本心はあまり分からない人だけど、悪人でないのは確かね」
 リノルアースの確信めいたセリフに、アドルバードは首を傾げる。その仕草は女装している状態だと本当に可愛らしいものだ。
「妙に言い切るな」
「――――似てたからね」
 何に? というアドルバードの問いをリノルアースはさらりと無視した。
 「守ってやって」とそう言ったあの瞬間の顔は、リノルアースのよく知る兄の顔だった。


 こほん、とリノルアースはわざとらしい咳払いをして、『アドルバード』の仮面の準備をする。





「――では、行きましょうか? お兄様?」


 そう言って手を差し出すのはリノルアースだ。
 アドルバードは一瞬だけきょとんとした顔になり、次の瞬間には不敵に微笑み返す。





「エスコートお願いしましょう。お姫様?」





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