可憐な王子の騒がしい恋の嵐
6
「珍しいな、一人か?」
廊下を一人歩いていたレイに、ウィルザードが後ろから話しかけた。
振り返り、レイは立ち止まる。苦笑交じりに「いつも一緒にいるわけじゃありませんよ」と答えた。誰のことかなんて聞くことない。
寝る時は隣室ではあるが別だし、もちろん入浴だってそうだ。今はアドルバードが講義を受けているのでレイが暇になっている。他の誰よりも一緒にいることが多いというだけで、朝から晩まで一緒だなんてありえない。
「だいたいは一緒だろ、昔っから」
遠い目をして過去を思い出しているだろうウィルザードは少し年寄り臭かった。
「いっつもレイレイレイって。リノルもだったしなぁ。あんたホントによくあの双子に合わせられるよなぁ」
それはもう二人が物心つく前からの付き合いなので。そう答えるのも馬鹿馬鹿しく、レイは苦笑するだけで何も言わない。
「小さい頃からあんたにべったりだったもんな、アドルのやつ」
大変だろ、という意味合いの込められた言葉に、レイは真顔になった。
「……その逆とは思わないんですか?」
レイの問いに、ん? とウィルザードは首を傾げる。
「私が、アドル様に執着しているとは思わないんですか?」
もう一度繰り返すと、ああ、と納得したように頷く。
「お互い様だろ、あんたらは。あんたもなんだかんだでアドルに甘いし、過保護だし。でもアドルだってあんたに頼りすぎてるって感じはあるし」
……いけないんでしょうか、というレイの呟きはらしくなかった。
お互いが、お互いに縛り付けているんだと言われたような気がした。
「いけなくないだろ。あんたらはそれが当然なんだ。アドルの隣にあんたがいて、あんたの隣にはアドルがいる。もう随分前からそうだから、あんたらのどっちかが一人でいるとなんか違和感あるんだよ」
「……そうですか」
レイはほっとしたように、一瞬だけ柔らかく微笑む。
すっかり女らしくなっちまったなぁ、という呟きは口の中だけで声には出さない。
「つまり――あんた不安なのか? アドルが他の女に靡くんじゃないかとか、そういうのが」
ぽんぽん、とレイの頭を軽く叩く。
ウィルザードはレイよりも一つ年下のはずだが――背はあまり変わらない。少しレイが高いかもしれない。
年下に慰められるとはな、とレイは苦笑する。
少し不安定だったかもしれないが、身内でもない人間に愚痴を零すなんて、自分らしくない。
「安心しろよ。あいつあんたにベタ惚れだから。今更他の女なんて――いって!」
ウィルザードの後頭部に分厚い本が見事にヒットする。
何しやがる、と怒鳴りつけようと本が飛んできた先を睨みつけると、そこにはアドルバードがいた。明らかに不機嫌で、ウィルザード以上の迫力を持って睨んでいた。
「……俺のだ、触るなってか」
ホント相変わらずだな、とウィルザードが呆れたように呟く。右手で本があたったところを撫でる。こぶになっていた。
アドルバードは無言のままつかつかと歩み寄り、レイとウィルザードの間に入る。
「アドル様、今は講義中では……」
「アヴィラの姫が到着したそうだ。だから講義は中止で、今から会いに行く」
むすっとした表情を変えないままアドルバードが手短に説明する。
行くぞ、とも言わずに歩き出したアドルバードに、レイはそれが当然のことのようについて行く。
その二人の後ろ姿を見送りながらウィルザードはため息を吐く。
「あんたねぇ、そのうち馬に蹴られて死ぬわよ」
呆れたような声が背後から聞こえて、ウィルザードは驚いて跳ねる。
「で、で、出たな魔性の女!」
後ろにいたのはやはりリノルアースで、今日はおまけにルイもついている。
「その言葉聞き飽きたって言ったでしょうが。馬鹿なのあんた」
「うるさい! おまえの為に頭を働かせるのももったいないわ!!」
と、文句を言ったその顔に短剣が突きつけられる。
「リノルアース様の悪口を言うのはこの口ですか?」
にっこりと微笑みながらルイが短剣をさらにウィルザードの顔に近づける。
「ルイ、国際問題になっちゃうわ。見えないところにやりなさい」
確かルイとウィルザードは同じ年のはずだが――ルイは180cmを越えるほど背が高い。そんな男に短剣突きつけられて平気なはずがない。ましてリノルアースに負けるようなウィルザードではなおさら。
「ひ、ひきょうものぉぉ――――」
ウィルザードの声は負け犬のように悲しく響いた。
「……どうしてそんなに仏頂面なんです」
前を歩く俺の顔が見えるわけないだろ、と言い返そうとも思ったが事実仏頂面になっているだろう自分の顔をレイに見せたくなかった。
「別に」
「別にじゃありません」
「何でもない」
「何でもないなら機嫌を直してください」
他の男に触られていたから嫌だったんだ。他の男の前で一瞬だけだったけどおまえが笑ったのが腹が立ったんだ。俺はおまえの主でおまえは俺の騎士だからそういうことをとやかく言う資格はないって分かってるのに――。
醜い嫉妬を、レイに見せたくない。
あんなふうにレイの頭を撫でようとしたってアドルバードとレイは二十cmの身長差がある。傍目から見てもかっこ悪い光景にしかならない。
「……私は、身長なんて気にしませんよ」
「俺は気にする」
絵にならないだろ、と呟く。
「アドル様がドレスを着てくだされば絵になると思いますけど」
「ソレは何か。俺に男としてのプライドを捨てろと?」
確かにアドルバードがドレスを着て、レイがいつものように騎士服を着ていればさぞ絵になる二人になれるだろう――性別は逆転してるが。
「そこまでは言ってませんよ、外見を気にするならそういう方法もあるってだけです」
「却下だ。コルセットなんで拷問具だ」
「それは同感です」
即座に答えたレイと顔を見合わせて、二人で笑う。
「俺が好きか、レイ」
ズルイだろうか、こんな質問。
そう思いながら聞かずにはいられなかった。
「答えを知ってるのに聞いてくるのはあなたの悪いところですね」
だから、答えませんよ。
――それだけで充分だった。
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