可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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62

 逃げる者を見逃してくれるほど、敵方も優しくはない。
 会場へ戻る四人は予想通り敵に襲われたが、ウィルザードとヘルダムの力量を軽く見ていたのだろうか、現れた敵はわずか三人だ。
 ほとんどを任せてしまったなと苦笑しつつ、ウィルザードは背にシェリスネイアをかばって剣を抜く。残った人間の実力を考えれば心配は無用だろう。
「リノル、多少は自衛できるだろ。シェリスネイアと物陰に隠れてろ」
 ウィルザードとヘルダムで壁を作りながら、ウィルザードが指示する。リノルアースは形だけ腰に下げていた剣を抜き、シェリスネイアを背にかばった。
「多少とは失礼ね。小さい頃私に負けたこともあるくせに」
「うるさい」
 リノルアースは幼い頃はアドルバードと同じように剣の稽古を受けていた。十二歳になった頃にやめたが、そこらへんの姫と比べれば異常だろう。
「シェリスネイア、目を瞑ってるといい。すぐに終わる」
 そちらの姫もね、とヘルダムは優しく笑い、敵へと剣を向ける。
 リノルアースは「馬鹿にしないで」と剣を構える。人が斬られる場面には、もう何度も出くわした。人が、斬り殺される場面にも。その時の断末魔さえまだ覚えている。
 だからといって恐れはしない。今目の前で剣を握る二人はどちらかと言えばシェリスネイアを守るために剣を振るうのだろうが――そのおまけに守られる自分だとしても、自分のために振られる剣に違いはない。
 ヘルダムの振るう剣には迷いがなかった。冷酷なアヴィラの皇子らしく、致命傷になると分かっていてもそのまま剣を振り下ろす。ウィルザードの剣はアドルバードに似ていた。たぶん、リノルアースやシェリスネイアの前で人を殺すことには躊躇いがあるのだろう。
 決着は確かにすぐについた。
 ウィルザードとヘルダムがそれぞれ一人を斬り伏せ、最後の一人に剣を向ける。
「くっ……」
 すでに勝敗は決した。敵の男は唇を噛み、ヘルダムを睨みつけた。
「サジムの差し金か。悪いがこの命、簡単にくれてやるわけにはいかないのでね」
 ちゃき、と剣を構えなおすと、男は一歩後退った。
「俺は、雇われただけだ!」
「だから見逃すとでも? 言っておくが金で動く人間を雇い直すつもりはないよ?」
 金の切れ目が縁の切れ目だからね、とヘルダムは冷たい微笑みを浮かべて、続ける。
「つく人間を間違えたね。アヴィランテの王座に座るのは俺だ」
 完全に戦意を喪失している男に、ヘルダムは剣を振り上げる。
「っ! やめろ!」
 キンッと甲高い音が響いた。
 ヘルダムが振り下ろした剣を、ウィルザードが防いだのだ。
 最悪の情景を思い浮かべていたリノルアースとシェリスネイアは、真っ青な顔でほっと息を吐きだした。
「……ここで、邪魔する?」
「もう敵意はないだろう。この男を殺す必要はない。捕らえればいい話だ」
 ウィルザードとヘルダムは睨みあいながら低く話す。今のヘルダムの目には、シェリスネイアに向ける愛情の欠片も見当たらない。
「甘いよ、その程度じゃ。敵は排除する。そうしなければ殺されるのはこちらだ」
「馬鹿を言うな。ここはハウゼンランドだ。この地に立つ以上、この国に従え」
 真剣な表情のウィルザードとしばしにらみ合い――ヘルダムはため息を零して剣をおさめた。
 ウィルザードも一つ息を吐き出し、手頃な布で男の手首を足首を縛った。そう時間を置かずに警護の騎士が来るだろう。





   ■   ■   ■




「――ああ、ご無事でしたか」
 ルイが剣を手に握ったまま駆けてくる。その少し後ろには何やら不機嫌そうなアドルバードと、いつもと変わらぬレイがいた。
「先に行かせた意味はなかったですね。こちらに来たのは三人だけですか?」
 ちらりと倒れている男たちを見てルイがウィルザードに問う。
「ああ。残るよりは安全だったろうよ。もう終わったのか?」
「どこかの二人が頑張ってくれましたからね」
 はぁ、とため息を吐きながらルイはアドルバードとレイを見る。レイは向こうに残してきた騎士を呼んで、後始末を任せるつもりのようだ。
「お怪我は?」
 ルイがリノルアースのもとに駆け寄り、優しく微笑みながら問う。
「ないわ」
 リノルアースも柔らかく微笑み返す。その二人を少し羨ましげに眺めていると、脇から手を引かれる。
「何もお熱い二人と一緒にいることないだろ」
 呆れたような声に、少し泣きたくなった。結局自分の覚悟なんてなんの意味もなかった。守られて、ただ立ち尽くしていただけだ。
 それが情けなくて、口惜しくて、ウィルザードの顔を見れずにただシェリスネイアは俯いた。
 どうした、と問おうとウィルザードが口を開くと――


「まったく、良いとこのお姫さんやら王子やらがこんなとこに居やがって。とっとと戻れ」


 騎士を何人か引き連れ、騎士団長であるディークが犬を追い払うかのように王族連中にしっし、と散らし始める。
「――父上」
 レイが突然現れたディークに呆れながら、報告をと近寄る。
 そばにきた娘を見下ろしながら、ディークは同じように早く行けと目で言う。
「おまえもだ。王子の護衛だろうが」
 実の娘さえ追い払う父に、周囲は苦笑しながら立ち去り始める。
「――他言無用ですよ」
 レイは一言父に言い残して、アドルバードと共にその場を去る。その手にはアドルバードが投げ捨てたはずの鬘まである。
 ディークは苦笑しながら、王城で暴れた輩共の後始末を引き受けた。
 すべては未来ある若者のために。








「アドル様」
 先を歩くアドルバードの手を掴み、レイは引き留める。
「なんだよ。まだ何か――」
「ありませんが、その姿のまま戻られるつもりですか?」
 え? とアドルバードは自分の格好を見下ろす。ドレスは少し汚れてしまったが、砂や草は払った。今からリノルアースを着替えるにも時間がないから、女装を続けるのも仕方ない。
 そう言おうとしてレイを見て、その手に赤みがかった金の髪の鬘があることに気づく。
「あっ!」
 咄嗟に頭に触れば髪は短い。それどころか髪に飾っていた赤い薔薇までどこかにやってしまった。
「……気づいてなかったでしょう。私が結い直しますから、一度部屋に」
 レイが呆れたようにため息を零して、アドルバードの頭にとりあえず鬘を乗せて手で梳く。部屋に行くまでに誰かに見られてもいいようにだろう。


 ――不用意に近づいた甘い香りにときめいてしまった。


 赤く染まった頬を隠すように、アドルバードは俯いた。





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