可憐な王子の騒がしい恋の嵐
63
目立たないようにそれぞれ時間差で会場に戻ると、やはりそれぞれ注目度は高い。シェリスネイアは群がって来るだろう王子を避けるために――それはある意味で言い訳だった――ウィルザードの側から離れないようにその腕をとる。
「シェリスネイア」
周囲の目線にうんざりしながらため息を零していると、頭上から声が落ちてくる。
未だに慣れない、ウィルザードが自分を呼ぶ声。
「……一応周囲の目もあるのですから、呼び捨ては困るのですけど?」
照れ隠しにそう指摘すると、言われるまで気づかなかったのだろう。ウィルザードが「ああ」と手で口を隠す。
「なら、人の目が気にならないとこに?」
女慣れしてない男のセリフじゃないわ、とシェリスネイアは赤くなってしまう頬を隠すようにウィルザードから顔を背ける。
「ここでできないお話かしら?」
「俺としてはかまいませんけど? さっきあんたが俺に――」
きゃあ、と悲鳴を上げそうになりながらウィルザードの上着を強く握ると、ウィルザードはその先を言うつもりなどなかったのだろう。悪戯が成功したときの子供のように無邪気に笑う。
「それじゃあ」
行きましょうか? と形だけは紳士的にウィルザードが会場を抜けだそうとする。
ざわ、と周囲の空気が変わった。
入口を見れば、銀髪の騎士にエスコートされて入場するリノルアース――否、アドルバードの姿がある。
二人の姿を詩人はなんと表現するのだろうか。
相反する色のように思える金と銀は、並び立つことでお互いをより一層輝かせていた。
その中身を忘れて、思わず魅入っていると、その二人はゆっくりと近づいてきた。
「御機嫌よう、ウィルザード。女嫌いはいつ治ったのかしら? さっきまでいなかったんだから、またすぐにとんずらなんて冗談やめてよ?」
にっこりと微笑みながら、アドルバードはリノルアースの姿でそう言う。
違うと分かっているのに、ぞぞぞ、と鳥肌がたった。
「き、気色悪いからやめてくれ。頼む。本気で」
髪を結い直し、新しい薔薇を飾りつけたアドルバードは間違いなく見た目はリノルアースそのものだ。
「俺の可愛い妹に気色悪いなんて、あんまり口が過ぎるぞ剣の錆にするぞウィル?」
あはは、と顔だけは笑いながらアドルバードに扮するリノルアースがルイと共にやってきた。
「……面と向かって可愛い妹とか、俺言わないし」
ぽつりと本物のアドルバードが呟くと、にっこりと笑ったままのリノルアースが無言で威圧してくる。
「シェリスネイア姫は注目の的なんだから、会場からあんまり連れ出さないでくれる? さっきからダンスを申し込みたい紳士は大勢いるみたいだしね?」
そう言いながらリノルアースはシェリスネイアに手を差し出す。
「とりあえず、まずは一曲どうですか?」
に、と笑うリノルアースと目が合ったシェリスネイアは、つられて笑う。
「足を踏んでも怒らないかしら?」
「さぁ、どうでしょうね?」
くすくすと笑いながら少女達は手をとる。中身を知らなければきちんと男女に見えるから不思議だ。
「――どうせなんだからさ、レイと踊ったら? じゃないと今にまたダンスの申し込みが殺到するよ?」
すれ違いざまにリノルアースはアドルバードの耳元で囁く。
「……踊ったらって」
性別がまるで逆なんですけど。
しかし周囲を見れば確かに今か今かとチャンスを窺っている王子達の姿が目に入る。今は隣にレイがいるから牽制になっているが、それもいつまでもつか。
「どうします?」
レイが静かに問うてくる。リノルアースの囁きもレイには聞こえていたのだろう。
いや、出来れば逆の立場だと嬉しいんだけど――そう言おうとして逆の場合を想像する。自分より背の高いレイとダンスを――やはり絵にならず、ため息を吐く。
するとレイはアドルバードの前に跪き、その手を取って口づけを落とす。
「――踊って、いただけますか? 姫」
きゃあ、という黄色い声が聞こえたのは気のせいではないだろう。レイは姫君からの注目を集めていたのだから、この行為はまさに乙女の夢の具現だ。
くそ、と完敗したことを悔しく思いながらレイの手をとる。
「いつかおまえの身長を越して、同じことしてやる」
ゆっくりスローテンポな曲に身をまかせながら、ぽつりと呟く。レイはくすりと笑いながら完璧なリードをしてみせた。
「楽しみにしてますよ」
■ ■ ■
「……あれですかね、俺はダンスはおあずけですか」
楽しそうに踊るリノルアースとシェリスネイアを見ながらルイが悲しそうに呟く。
「それは、無理だろ。あの格好だし」
ウィルザードが可哀想な生き物を見るように、控え目に呟く。
リノルアースはアドルバードの格好のままだ。さすがに今踊ろうとすれば、見た目は男同士になってしまう。
「まぁ、いいんですけどね……」
はぁ、とため息を吐き出してルイが肩を落とす。
「心残りを作っていくのは、お勧めしないけどね」
突然隣に立っていたヘルダムに、ルイは飛び上り声を上げそうになった。咄嗟に口を両手で塞いで堪える。
「お、驚かさないでくださいよっ!」
「気付かなかったのはそっちだろうに……君は、俺達と共にアヴィランテへ行くんだろう?」
呆れながらヘルダムはルイに問う。
ルイは一瞬困ったような顔になり――そして真剣な面持ちで頷く。
「それが、最善でしょうから」
「なら、やり残したことはない方がいいと思うけど」
それはリノルアースと踊ってこいということだろうか、とルイはまたちらりとリノルアースとシェリスネイアを見た。
「……いいんです。いずれ、戻って来るんですから」
それまで楽しみにとっておくのも悪くはない。
ふぅ、とヘルダムはため息を吐き出して、ルイを見つめる。
「実際ね、心底信用できる人間はそう多くないんだ」
どの人間に、どんな裏があるかまでは把握できない。たとえば信頼していた人間が裏切ることもありえる。それがアヴィランテだと、ヘルダムは苦笑する。
「――敵はまだアヴィラで胡坐をかいている。働いてもらうよ? 我が弟」
弟、と呼ばれたことに驚きながら、ルイは笑う。
「こき使われることには、慣れてますよ」
予想外の返答だったのだろうか、ヘルダムは驚いたように目を丸くした。そしてちらりとリノルアースを見て、納得したように笑う。
「なるほど」
そう呟いたあと、顔を見合せて兄弟でひそかに笑い合った。
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