可憐な王子と騒がしい恋の嵐

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 それからほどなく――ハウゼンランドはいつも通りの、静かで平穏な日々が続いた。






 遠いアヴィランテの国王の崩御の知らせとともに、王座を巡る内戦についての噂が流れついたのは、冬も終わり春を迎えた頃となった。
 高齢のアヴィランテ王の崩御と同時に第一皇子サジムが即位することになり、それに反旗を翻したのがヘルダムによる一派だ。国王の崩御自体も高齢による老衰となっているようだが、毒殺という噂さえ流れていた。
 結局数か月たってもアヴィランテの王座は空のまま、内戦が激化しているという。




 ルイやシェリスネイアから便りはない。もちろんヘルダムからも。
 王の『影』の情報によれば、現在はどうやら状況はヘルダムに有利らしいということだけ。国内の勢力に加え、外国からの協力を得たヘルダムの勝利はもはや目前にあるらしい。物騒な話の中に、北の小さな国にいた第九皇子ヴィルハザードの帰還はすっかり小さな話題となっていた。





   ■   ■   ■





「リノルアース様、お手紙が」
 そう言いながら侍女に渡される手紙のほとんどは、一度か二度会ったことがある程度の王子からの求婚だ。いつもはその手紙の束を受け取らずに暖炉に放り込むのだが――最近では宛名の字を確認することにしている。万が一、侍女さえも見落として『彼』からの手紙があるのではないかと。
 しかしそんな淡い期待はいつも裏切られる。
「……燃やして」
 ふぅ、と一度ため息を零してリノルアースは一枚も手紙を残すことなく手紙の束を侍女に渡す。束はそのまま炎の一部となった。






   ■   ■   ■





 分かってはいたことだが、ルイがいなくなってからリノルアースはすっかり大人しくなった。ルイの今置かれている状況を考えれば気が気じゃないのだろう。
「……俺、なんか今回地味だなぁ」
 まるで噂通りの淑やかなお姫様のようになっているリノルアースを遠目に見て、アドルバードはぽつりと呟いた。
「そうでもないですよ」
 隣を歩いていたレイは即座に否定してくる。その自信はいったいどこから、とアドルバードは苦笑した。
「アドル様には、たぶん人を惹きつける何かがあるんでしょう。今回のことも、あなたがいなければ違う方向に進んでいたかもしれない」
「違う方向?」
 ほとんど状況に流されるままに問題解決まで進んだアドルバードにしてみれば、随分と過大評価されているように感じる。
「ええ。例えば――シェリスネイア様はおそらくもっと危険な目に遭っていたでしょうし、場合によれば命を落としていたでしょう。ヘルダム様がハウゼンランドに来ることもなかったかもしれない。そもそも、アドル様がアルシザスと同盟を結んだという功績があったからこそ、シェリスネイア様がこの国にやってきたわけですから」
 レイはどこか励ますようにどこか柔らかく微笑んで続けた。
「あなたがいたからこそ、起きた出来事なんですよ。全部」
 そう言われればそうなのだろう――そうでないとしても、レイに言われると無条件に嬉しいと思ってしまうのだ。
 窓の向こうのよく晴れた空を見つめて、遠い南国に思いを馳せる。


「早く、帰って来るといいな」


 誰のこととは言わなかった。
 レイも誰とは聞かずに、「そうですね」とだけ答える。
「帰ってきたら一発殴らないといけないしな」
「……まだ根に持ってるんですか」
 しつこいですね、とレイが呆れたように言う。この件に関してはレイにも妨害されたので少しばかり恨んでいる。
 目の前で妹の唇が奪われて、しかも今現在悲しませたまま放置しているのだ。
「当然の報復だろ」
 ふん、とそっぽを向いてアドルバードはすたすたと歩を速めた。
 とりあえずルイが帰って来るまでに筋力をつけておこうと心に決める。やり返されるのはまっぴらだ。









 それから、さらに数か月――――。




「リノル様っ!」
 侍女の一人が慌てた様子で部屋に駆けよって来た。
 ちょうどリノルアースの部屋にいたアドルバードとレイも驚いて駆け込んできた侍女に注目する。
 その手には、一通の手紙があった。


「――――――……」


 リノルアースの青い瞳が期待に輝く。
 どこかほっとしたようにアドルバードは微笑んだ。





 待ちに待った知らせは、ようやくその手に届いた。




「……燃やして」


 リノルアースは一読すると、侍女にそう言って手渡した。
「え、リノル様?」
 侍女がきょとんとした顔で慌ててリノルアースに問う。いつもは忠実に暖炉に放り込むはずの動作がさっぱりだ。
「リノル? それルイからの手紙じゃ――」
「そうよ。どこぞの大馬鹿者からの手紙よ」
 侍女が一向に動かないのを見て、リノルアースは手紙を奪いとり、自ら暖炉に放り込んだ。
「……何か、危険なことでも?」
 迂闊に他人に知られてはいけないようなことでも書いてあったのか、とレイが真剣な顔で問いかけてくる。
「いいえ。まったく。全然」
「では――」
 なぜ、とその場にいた者全員の疑問をレイが口にしようとすると、リノルアースは憤慨し始めた。
「だってあの馬鹿、自分のことを顧みずにこっちの心配ばっかり! しまいには姑のような小言ばっかりよ!? こっちがどれだけ心配したと思ってんのよ!」
 あまりにもリノルアースらしい理由に全員が呆れる。


「手紙を書く暇があるくらいならとっとと事件片付ろってのよ馬鹿!」


 そう返事に書いてやる、とリノルアースは机に向かう。
 元気を取り戻したらしい様子にアドルバードはほっと安堵し、邪魔にならないように部屋から出た。




『必ず、戻ります』





 手紙の最後はそう締めくくられていた。
 嬉しさを誤魔化す為の行動だったなんて、たぶんアドルバードとレイにはお見通しなのだろう。








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