可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 黒曜石の瞳。
 夜の闇を集めて折り込んだような、艶やかな髪。
 その肌は南国の者の証のように濃く、それが独特の色気を醸し出している。


 それが、アヴィラのシェリスネイア姫。





 赤い唇が微笑み、自分の美しさが最大限に出せる笑顔でアドルバードを見つめた。
「はじめまして、アドルバード王子。アヴィランテのシェリスネイア、ただ今到着いたしました」
 それは小国の王子に対する挨拶としては最上のものだった。まして相手は大陸一といっても過言ではないほどの大国の姫だ。
 男はこういう女の慎ましい態度に弱い。
 ――使えるにしろ、使えないにしろ、利用するだけ利用して捨ててしまおう。こんな田舎の国の王子なんて。
 初めからアドルバードと結婚するつもりなんてない。アドルバードがシェリスネイアに夢中になって、自滅してくれればいい。王族は利用価値なんていくらでもある。
 そのためにこんな北国まで来た。


 ――――――なのに。


「はじめまして、シェリスネイア姫。遠路はるばる、こんな鄙びた国までようこそおいでくださりました」
 完璧な笑顔のアドルバードは、シェリスネイアに見惚れた様子はない。
 普通なら見惚れて動けないでいるはずなのに、アドルバードは優雅にシェリスネイアの手の甲にキスまで贈る。北の方での習慣だということくらい、シェリスネイアの頭にもあった。
「何か不便な点がありましたらなんなりと。アヴィランテのような暮らし、とまではいかなくても、不自由のないように便宜を図りますので」
「ご、ご親切に」
 予想外の反応にシェリスネイアの方が困った。
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ!
 男なら私の美しさに見惚れるでしょう? 自分のものにしたくなるはずでしょう? どうしてそんな平然としてるのよ!!
 内心は焦りと怒りでいっぱいだ。
 今までシェリスネイアに見惚れない、心を動かされない男なんていなかった。なのにこの田舎の王子ごときが、シェリスネイアを一目見ても、最高の笑顔を見せても、ぴくりとも揺るがないなんて。
 完璧な王子の笑顔の下に、一体何が隠されてるっていうの。
 確かにアドルバードは美少年だった。おそらく、このまま逞しく成長すればあちこちの姫の興味を独り占めするだろう。赤みがかった金の髪も、白い肌も――シェリスネイアが幼い頃に憧れてやまなかった王子様そのものだ。
 しかしこんな、自分と対して身長の変わらないような王子に心を動かされるシェリスネイアではない。今はそんなことよりもプライドを傷つけられた悔しさでいっぱいだ。


「……お兄様? 今よろしいかしら?」
 涼やかな声が扉の向こうから聞こえる。
 アドルバードが返事をするよりも早く、ゆっくりと扉が開いて美しい少女が姿を現した。
 

 緩く波打つ、アドルバードと同じ赤みがかった金色の髪。陶器のように滑らかで白い肌。青く澄んだ大きな瞳――完璧な人形のような少女だった。


「あ、ごめんなさい。お客様がいらっしゃったのね」
 ぱ、と羞恥で頬を染める仕草さえも愛らしく、どれだけの男がこの姫に心奪われるのだろうとシェリスネイアは思った。
 これが――北の姫、リノルアースか。
 小国の姫があれほどまでに注目を集めるのか疑問だったが――なるほどと、納得せざるを得ない。これほどに可憐な、美しい姫は大陸のどこを探してもいないだろう。
「妹が失礼しました、シェリスネイア姫。もし姫がよろしければ同席させたいのですが……男の私よりも、話が盛り上がるでしょうし」
「……私は、かまいませんよ。リノルアース姫とおっしゃったかしら? 噂はアヴィラまで届いておりましたわ。お会いできて光栄です」
 お世辞を言うと、リノルアースはいやだ、と照れて赤くなった。
 ――女だからこそ、そしてシェリスネイアだからこそ分かる。これは仮面だと。
 女に計算はつきもの。このリノルアースの可憐さは全て計算されて演じられたものだ。女は女に騙されない。女の嘘を見抜くのは女だ。それも直感で。
「まさかあのシェリスネイア姫がこうしてハウゼンランドにいらしてくださるなんて、思ってもおりませんでしたの。私のお会いできて嬉しいです」
「あら、北には随分と興味がありましたのよ。アヴィラでは雪が降りませんから、ぜひ一度見てみたいものだと……」
「残念ですわね、まだ雪が降る季節ではありませんの。降ったら他国の方々が吹雪で半年近く祖国に帰れなくなってしまいますもの」
「まぁ、大変ですのね」
「ハウゼンランドの者なら慣れておりますから、特に不自由はありませんよ。今も少し標高の高いところに行けば残雪が見れるでしょう。ご滞在中に機会があれば、ぜひご一緒に」
「本当に? ぜひ見てみたいですわ」


「それにしてもシェリスネイア姫は本当にお綺麗ですのね。髪の毛はどんな手入れをされてるんですか?」
「まぁ……私なんて、そんな。リノルアース姫の金の髪の方が羨ましいです。白い肌も」
「そんな、私の髪なんてくせっ毛で……絡まりやすいし、枝毛もいっぱいで。真っ直ぐなシェリスネイア姫の髪が羨ましいです」
「無いものねだりですわね、私達。どうぞ私のことはシェリーとお呼びくださいな」
「では私のこともリノルと、シェリー様」





 様なんていりませんわ、でしたら私も――と、仮面を被った女同士で馬鹿馬鹿しい会話が続けられる。
 アドルバードはリノルアースの隣に座ったまま、優雅に紅茶を飲んでいて、会話にも混ざらない。時々相槌をする程度だ。
 うふふ、おほほ、とシェリスネイアからすればわざとらしい会話がしばらく続き。





 ふぅ、とリノルアースが一息つく。
 冷めてしまった紅茶一口飲んで、その笑顔ががらりと変わった。
「それで? いいかげんにこんなメンドクサイこと止めない? 疲れるのよねぇ、猫被った相手に猫被って応対するの。お互い気づいてんだし、無駄でしょ?」


 今までの可憐なリノルアースはどこにいったのか。
 演技だと分かっていたシェリスネイアでさえ愕然としそうになった。
「見え透いたお世辞言い合ってもアドルが固まるだけだしさぁ、さっさとカード見せあいましょうよ。シェリー?」


「……それが本性ですの? リノル。言葉遣いが随分と雑になりますのね」
「ふーん、そっちは綺麗なままなのね。ご立派だこと。まぁそんなんどうでもいいでしょう?」


 リノルアースが微笑む。
 その顔は決して可憐ではない。けれど――目が離せないほど、眩しい。






「目的は何かしら? シェリスネイア」



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