可憐な王子の結婚行進曲

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1:あの日の空に似てる


 窓の向こうは、眩しいくらいの青空だった。
 ハウゼンランドの短い夏の青空だ。澄んだ青空は自分や妹の瞳の色によく似ている。もちろん、彼女の青い瞳にも。


「なぁ、レイ」

 窓の外を見つめたまま妻を呼ぶと、「なんですか」といつもと変わらぬ返事がある。
 それだけのことに頬の筋肉が緩んでしまう。これだからあちこちから茶化されるのかもしれないな、なんて思う。
「今日の空、あの日の空に似てる気がしないか?」
 レイはゆっくりとこちらに歩み寄って来る。結わないまま背中に流された長い銀色の髪はいつまでも色褪せないまま、美しさを保ち続けている。その一房を持ち上げて、手のうちで少しもてあそんだ。
「あの日、ですか?」
 柔らかく微笑みながらレイが問いかけてくる。こちらの答えの検討はついているのかもしれない。いつだって彼女には隠し事が出来ないのだから。

「俺達が結婚した日」

 短く答えると、レイは窓の向こうの空を見上げる。
「ああ――……そうですね。よく似てます」
 まるで遠いその日を懐かしむような瞳に、思わず笑みが零れた。
「おまえもそう思うんなら、間違いないな。この様子なら、今日の結婚式も上手くいきそうだ」
 愛しい人を抱きよせて、微笑む。そうですね、という同意が彼女からも得られたので安心だ。
「私達の時でさえ、いろいろありましたけど、なんだかんだで上手くいきましたからね。それに比べれば楽に進んでいると思いますよ。年若いのは、不安なところですが――」
「おまえに似てしっかりしてるから、大丈夫だよ」
 こめかみに口づけを落としながら言うと、アドル様、と諌めるような声が漏れる。
 いいじゃないか、と言おうとしたところに、コンコンと無粋者が扉を叩く。このタイミングで顔を出す人間など限られているが。




「お父様、お母様――あら、お邪魔だったかしら」

 返事もきかずに扉から顔を出した少女は両親の姿を見るなり笑う。光の加減で銀色にも見える金の髪は綺麗に結いあげられ、薄紅の薔薇が飾られている。
「個人的にはちょっと邪魔」
「あら嫌だお父様。可愛い娘が挨拶に来たっていうのに邪険にしますの?」
 相変わらず返答はどこかの妹を思い出させる可愛い娘だ。
「まったく、今日の主役がそんなにうろうろとするものじゃない。少しは大人しくしていなさい、フランディール」
 夫の腕の中からするりと抜け出したレイが娘に歩み寄りながら、呆れた顔でそう言う。
「はい、もちろん心得ておりますわ。けれどやはりお二人にはきちんとご挨拶をと思いまして」
 にっこりと微笑むその姿は、まさに大陸で謳われる「金の姫」に相応しい。
「それに、主役というのは出番まで暇なものなんですもの。親子で仲良く会話を楽しみつつ――出番を待つというのも悪くないと思いません?」
 外はすでに招待客で賑わっている。娘の未来の夫――未来の息子はおそらくその応対で慌ただしいことになっているのだろう。
「何か聞きたいことでもある顔だな?」
 レイが苦笑しながら娘に手を差し出す。エスコートの癖がついてしまっているのは、アドルバードとしてはなんとも言い難い。

「ハウゼンランドは今でこそ大陸で知らない者はいないほどの国ですけど――お父様の時代はそうでなかったと聞いております。それに、お父様とお母様は以前は主従の関係であったとか、お母様は本来ならお父様と気安く話せるほどの貴族ではなかったとか、今まで聞いた話だけでも波乱万丈な人生だったのは存じ上げておりますわ」

 人の口から聞くと結構凄い話だなぁ、と他人事のようにアドルバードはしみじみと思った。
「だから、お二人がそんな逆境を乗り越えてまで成し遂げた結婚について、詳しくお話いただきたいと思いまして。婚約までの話はお二人も叔母様もお話してくださいますけど――それ以降の話は聞いたことがなかったと、思い出したものですから」
 可愛い娘は小首を傾げておねだりモードになっている。
 話したくなかったから話さなかった、というわけではない。話していなかったんだな、と今更ながらに思うくらいだ。
「……てっきりアドル様が話していると思ってました」
 レイが少し驚いた顔でアドルバードを見る。
「おまえこそ――……っておまえはあんまり話さなかったな。リノルも言ってなかったんだ」
 ふぅん、と呟いて、アドルバードは苦笑する。
 レイと二人で顔を見合わせて、今となっては随分と昔になってしまったあの頃を思い出す。そう、あの日もこんな晴れた日だった。


「そうだな、どこから話そうか――……」


 どちらからともなく口を開き、そして長い昔話が始まった。




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