可憐な王子の結婚行進曲

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10:行って参ります

 ルイの服は、女性であるレイの身体には少し大きい。
 濃い灰色の上着を着て髪を一つに結ったレイは、背の高さもあって男に見えなくもない。ベルトに剣をさし、旅用のマントをかぶる。


「まったく、一応婚約中の身なんだってことは忘れないでくださいよ」


 ルイがため息を零しながらレイに手早く用意した荷物を渡す。中には非常食と火打石やら、旅に必要な最低限のものを入れてある。そういうところはやはり姐に甘い。
「忘れてないさ。その婚約者に会いに行くんだ。なかなかロマンのある話だと思わないか?」
 レイはくすりと笑いながらそう言う。ルイはもはや何も言うまいと、ため息を零すだけにした。
「ええ、素敵な話だと思うわ」
 無言のルイとは打って変わって、にっこりと笑ってリノルアースが同意する。心なしかどこか嬉しそうにも見えた。
 にこにこと笑ってレイを眺めつつ、急に「くっ」と唇を噛み締めてリノルアースは震えだした。
「ああ、でももったいないわ! ルイの服じゃやっぱりレイには地味よ! そりゃあんまり目立つわけにもいかないから仕方ないけど、せっかくカッコいいのにー!!」
 久しぶりのレイの男装に、リノルアースは少し――否、かなり不満そうだ。
「そんなこと言われてもですね……」
 理不尽ですよ、とルイはため息を吐き出しながら呟く。レイが内密にガデニア砦に行く以上、あまり目立った行動をとるわけにも人目につく服を着るわけにもいかない。少なくとも、王城を出るまでは。
「城の人間は騎士服か、最近のドレス姿しか知らないでしょうからちょうど良いでしょう。ドレス姿でやって来たのを門番も知ってますし」
 あとはレイを迎えにいつも通り馬車がやって来て、誰も乗せずに帰ってくれればいい。それで形だけはレイのアリバイが出来る。
「それで? 馬はどうするつもり?」
「騎士団から一頭借りますよ。しばらくは目を瞑っていてもらいましょう」
 もとから文句を言わせるつもりはありませんが、ときっぱりと言うレイは男らしすぎる。
 騎士団の馬はディークの管轄下だ。少しの間ならあるいは、というのはレイの甘い考えかもしれないが――おそらくは見て見ぬふりをしてくれるだろう。
「そう、それじゃあ――気をつけて」
 リノルアースは少しだけ心配そうにそう言って、背伸びをしてレイの頬にキスをする。それを目の前で見せつけられたルイは硬直するしかない。
「行って参ります」
 レイも同じようにリノルアースの額にキスをして部屋を去っていった。
「――……なっ」
 呆然としていたルイが部屋の扉が閉まってから口を開く。
「なんですかアレは!?」
 そんな叫びが廊下まで聞こえた上にその後すぐに「うるさい!」とリノルアースが一喝した声まで他の人に聞かれていたことを、後日レイに聞かされたルイは頭を抱えた。










 あまり人を会わないように城内を歩きながら、レイはガデニア砦までの道のりを頭に叩き込む。以前アドルバードの護衛として何度か行ったことがある分、考えることはそれほど多くない。
 正門から出れば今朝会った門番と顔を合わせるかもしれない。
「騎士団が使う、裏の通用門から行くか」
 ふぅ、とため息を吐き出しながら結論に至る。こうなるととことん騎士だった頃の習性やら考えが身に染みついてしまっているな、と笑う。
 騎士団の厩舎に辿りついたレイは、ちょうど馬の世話をしていた団員と遭遇した。
「なんだ? おまえどこかに行くのかその格好――って、ええええぇぇぇ!? 姐さん!?」
 騎士団の大半の奴らがレイを姐さん呼ばわりするのは騎士団に所属していた頃からの話だ。遭遇した団員も、レイの顔見知りだった。
「久しぶりだなギリアム」
「お久しぶりですっていうかなんですかその格好!? お妃教育受けてるんじゃないんですか!?」
 ギリアムの動揺っぷりにレイはまるで動じずに「急用だ」と呟く。
「悪いが、馬を一頭借りたい」
 一目でどこかへ行くことが分かる姿のレイに、ギリアムは口籠もった。
「え、でもその、姐さんはもう騎士団の人じゃあないじゃないですか。その格好からしてそこそこの遠出なんでしょ? さすがにバレたら俺叱られますよ」
「馬を借りたい」
 レイは用件だけをきっぱりと言う。
「だから、その。ここで俺が頷いちゃうとマズイってことくらい姐さんだって知ってるじゃないですか。団長から説教される上にみっちり訓練ですよ? 俺死にますって!」
「ギリアム、何度も言わせるな」
 レイはにこりともせず、冷たい表情でギリアムに詰め寄る。
 姐さんと団員に呼ばれているように――レイの実力は騎士団の人間ならば知っている。
「え、ええー……勘弁してくださいよ、姐さーん……」
 そう言いながらギリアムは一歩、また一歩と後退る。
「見逃せないというのなら、ここでしばらく眠ってもらっても構わないが? そうすればおまえも少しは言い訳できるだろう」
 レイが剣に触れた瞬間、ギリアムはついに降参と両手を上げた。
「分かりました、分かりましたよ! 姐さんには負けます。帰ってきたらちゃんと援護してください」
 どうぞ、と道を開いたギリアムにレイは微笑む。
「安心しろ。父上も黙認してる」
 レイは葦毛の馬を選び、素早く跨った。銀の髪を隠すようにマントのフードを被る。
「そ、そういうことは早く言ってくださいよ!!」
 馬上のレイにギリアムは恨めしそうに叫ぶが、レイは素知らぬ顔で馬の腹を蹴る。
「悪いな。急ぐんだ」
 颯爽と駆けていったレイの後ろ姿を見送りながら、ぽつんと一人残されたギリアムは「……おっとこまえー……」と呟いて、はぁとため息を零した。




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