可憐な王子の結婚行進曲

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12:とりあえずどうすりゃいいんすか?


「医師を連れてきてみりゃ……なんで姐さんまでいるんですかね?」
 戻ってきたセオラスが呆れた顔でそう言う。連れてきた医師は助手と共に砦の中へと入っていった。
「セオラス、深く気にするな。アドル様、陛下から少し情報を頂いてきました」
「は? 父上から?」
 セオラスの言葉を軽く受け流したレイがアドルバードに向き合う。アドルバードといえばまだ夢見心地でぼんやりしているが――そう長く物思いに耽っているのを、レイが許すはずもない。
「……再会の感激はあとで思う存分に表現してください。王の影からの情報です。砦の兵たちに異変が起きる前に、商団がここを訪れています。さらに砦内の武器弾薬を奪われていると」
「なっ……」
 アドルバードは言葉を失った。
 砦に常備している武器の量といったら、かなりのものだ。万が一の時はすぐにでも応戦できるだけの準備をしてあるのだから。
「あくまで推測ですが、武器を盗むために毒を盛られた可能性があります。遅行性のものならばすぐに疑いがかからないと思っているのかもしれません」
 レイの言葉に、アドルバードの中でひとつ違和感が消えた。
「轍の跡……!」
 深いなと感じた轍の跡。あれが武器を運んだものなのだとすれば――。
「武器を奪われたのは事実だ。それにしても、そんなに大量の武器をどうするつもりだ? 国内じゃ怪しまれて売りさばくことも出来ないだろう」
「そうっすね……」
 セオラスとアドルバードが頭を抱える。レイは荷物の中から地図を取り出して、その場に広げた。大陸の北半分を描いたものだ。
「レイ?」
「いいですか」
 レイがす、と地図の一点を指差す。
 ガデニア砦の付近だ。
「ガデニアは確かにハウゼンランドの国境です。しかし注目すべき点はそこじゃない」
 レイの指が地図の右へ――東へと動く。
 ガデニアの東にあるのはハウゼンランドより遥かに小さな国の集まり。そしてその先にはあるのは広大な荒野とシン帝国。
「まさかシンが?」
「馬鹿ですか。シン帝国ほどの国がハウゼンランドから武器を奪ってどうなります。あちらの方がよっぽど性能の良い武器を持ってますよ」
 東、と言われてついすぐに大国に思考が繋がったアドルバードを、レイがたった一言で一喝する。
「ああ、もしかして諍い絶えない小国へ売りさばくつもりなんですかね?」
 セオラスが合点して答えを言う。
 レイが静かに頷いて、地図を見つめた。
「東の小国は常に戦争状態です。最近まとまりが出てきたとの噂がありましたが、それもどれほど信用できるものなのか分かりません。まだ戦争が終結していないのかもしれないし、もしかすれば、新たに小国をまとめ上げた統治者へ反旗を翻した者がいるのかもしれない。どちらにせよ、多くの武器を必要としているのは確かです」
「そういうところで商売する奴らもいる、と」
「ええ」
 アドルバードが納得すると、レイは地図を丸めてしまった。
「じゃ、とりあえずどうすりゃいいんすか?」
 セオラスが気楽にそう質問する。――アドルバードに。
「もちろん今すぐ追っかけてとっ捕まえて武器を取り返す」
 アドルバードは至極当然のことのように言い放った。単純すぎる解答に、レイが頭を抱えているとも知らずに。
「アドル様。追うのも、捕まえるのも分かります。ですが、騎士団の増援を頼んで、指示を出す人間がいなくてどうするんですか」
「う」
「殿下は相変わらずですねー。ある意味ほっとします」
 セオラスが軽快に笑うのでアドルバードはむかついて肘で小突いておいた。
「ですが見失うわけには行きませんね。とりあえず私が先に……」
「あーはいはい、俺が行きます。俺じゃ殿下の手綱は上手くさばけないんで」
 レイが自ら商団を追うと言いかけたところで、セオラスが手を上げた。
「目印はいつものとおりに。騎士団のやり方は覚えてるでしょう? 増援が来て指示を出したら追って来てください」
「轍の跡を追えるのも限界がある。場所に検討は?」
 レイがセオラスに問うと、にかっと笑って答えた。
「奴らの目的が東に売りさばくことなら、ここらへんにいるってもんでしょ? 普通はこの砦を通るけど、通るわけにはいかない。なら別ルートってことですもんね。山を越えるつもりはないでしょうから、隣の森をこーっそりと行くつもりでしょう」
 模範解答にレイは満足して頷いた。
「そこまで分かっていれば問題ない、か。それで、増援に頼んだのは――」
「一番近くのフェルデンの奴らだろ?」
 レイの問いに、アドルバードがセオラスよりも先に答えた。フェルデンはガデニア砦に一番近い駐屯所の名前だ。
「……なら、大丈夫でしょう」
「? 何が?」
 思案げなレイに、アドルバードが首を傾げた。
「私はあくまでバウアー家にいることになっているので。曲がりなりにも『王子の婚約者』がこんなところにいていいわけがないでしょう?」
 苦笑気味にレイがそう言って初めて、レイ・バウアーがここにいることがそこそこの問題だということに気づいた。立場だけで考えれば、王子の婚約者が危険とも思われる場所へ単身向かったということになるのだ。お偉い貴族の婦人方が知れば卒倒しかねない。
「ですがまぁ、フェルデンの人間ならば以前より懇意にしておりますし。『レイ・バウアー』に似た人、と勘違いしてもらうことにします」
 つまりは見て見ぬふりをしてくれ、ということか。
 アドルバードは苦笑しつつもレイの言葉に同意しておいた。フェルデンはガデニア砦に行く途中や帰りによく立ち寄っていた場所だし、アドルバードにもレイにも顔見知りが多い。問題はないだろう。
 否、あったところで、それをどうにかするのは自分の役目だ。
「こういうの久しぶりで、なんか懐かしいな」
 レイの男装……というのはもちろんだが、こうして城以外の場所で会うというのもかなり久々だ。そしてこんな面倒事に巻き込まれるのも。
「そうですね、なんだかんだで以前の方が一緒にいましたから」
 素直に同意するレイが可愛いなぁ、なんて思いつつ顔がにやけるのは仕方ない。別れの時にちゃんと充電したつもりだったが、やっぱり足りなかったみたいだ。
「あー……えーと……仕事してくださいね? 主に殿下」
「!!」
 その場にセオラスがいたことを忘れ、世界を作るところだった。いや半分くらい出来かけていた。
「だ、誰に言って……いいから早くおまえは追えよ!」
「いや、行ってきますと言おうにもタイミングが、ですね。医師の診察も終わるでしょうし、後は頼みます姐さん」
「なんでレイに頼んでく!?」
 ここの最高責任者は誰だというかこのままだとアドルバードの立場がない。
「アドル様では職務を忘れる可能性があるからじゃないですか?」
「誰のせいだと思っ……ってそれはどうでもいい!」
 危うく色々本音を吐き出しかけてどうにか正気に戻る。こうなると普通にレイと一緒に公務をこなしていた昔の自分を尊敬せざるを得ない。
「……んじゃまぁ、行ってきます。いちゃつくのもほどほどにしてください」
「っっっうるさい!!」
 照れ隠しのようなアドルバードの叫びは、むなしくその場に響くだけだった。



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