可憐な王子の結婚行進曲

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13:俺はそんな『正しい』為政者になりたくない


 改めて、レイは有能だった。
「お医者様の診断で感染病の類いではないと分かった。二名ほどお医者様の手伝いとして看病を、さらにここには十名残り、倒れている者に代わり砦の警固にあたれ」
 そのてきぱきとした指示に、フェルデンの者は素直に返事をしていた。本来指示を出すべき王子に目もくれず。有能すぎるくらいだ。
「いやぁ、まさかレイさんがいるとは思いませんでした! 殿下のご婚約者になったという話だったので、もうお会いすることはないだろうと」
「本当です! 直接お祝いを言えて嬉しい限りです」
 交流のある頃から、レイはフェルデンの騎士に慕われていた。会えるとは思わないところでの遭遇に、騎士たちは皆は浮足だっている。
「静粛に。残りは我々と共に商団を追う。先んじてセオラスが追っているはずだ。急ぐぞ」
「はい!」
 返事すらも威勢がいい。アドルバードは呆れつつも適確に指示を出すレイに拍手を送っていた。レイみたいな男がいたら、俺も将来安心できるんだけどな、なんて思いながら。
「残ってるのは五人くらいか。んじゃあ追っかけるか」
 ひととおりの指示が終わったのを見てアドルバードが声をかける。浮かれた空気も仕事となれば切り替わるのが騎士団のいいところだ。
「え……あの、殿下も行かれるんですか? 危険ですし砦に残っていても……」
 フェルデンの騎士の一人がおずおずと手をあげて話す。本来の『王子』ならば残っている方が正解なのかもしれないが――。
「危険なところへおまえたちを行かせて自分は安全な場所にいろって? 冗談じゃない。それが為政者としての正しい答えだとしても、俺はそんな『正しい』為政者になりたくないね」
 アドルバードは言いながら腰の剣に触れる。苦笑まじりの笑みが浮かぶ。
「それに、心配されるほど俺は弱くない。なんてったって俺の師匠はあのディーク・バウアーだからな」
「……だ、そうです。各自自分の仕事をするように。殿下の護衛は必要ありません」
 レイがくすくすと笑いながらそう付け加える。その言葉の裏にある意思を感じて、アドルバードはレイの腕を引いた。
「おまえも分かってるんだろうな。前みたいに身をもって俺を守る必要はないんだからな」
 もう主従の関係じゃない。そう思うからこそ釘を刺したのだが――。
「無理な話ですね。レイ・バウアーはアドルバード様の婚約者であると同時に、剣の誓いをたてた騎士ですから」
 それは決して揺るがない。レイの瞳はそう告げていた。守り守られるという誓いは、何があっても崩れることはないと。
「レイ――……」
 頑なな恋人にかすかな苛立ちを感じたのは事実だ。もし自分の身を守ろうとしてレイが傷つくようなことがあれば――以前のように耐えることはできない。歯止めにしていた『関係』は変わったのだから。
「ですが、今ここに『レイ・バウアー』はいませんから」
 謎かけでもするかのように、レイは悪戯げに笑う。
「屋敷にいるはずの『レイ・バウアー』が怪我なんてしていたら可笑しいですからね。もちろん私も気をつけますよ」
 だから心配しないでください、とでも言いたげに笑うレイに、してやられた気分になりながらアドルバードは頷く。
 周囲の騎士たちがようやく報われた殿下の恋の行方にこっそりと涙を流しているのにも気づかずに。





 ――城に帰ったらレイにドレスを贈ろう。それに合わせた装飾品も。ああそうだ、新しいドレスを作るって言ってた。どんなドレスだろう。どんなドレスだってきっと綺麗だ。そしてウィルザードとシェリスネイア姫の結婚式に行って。次にあるのはリノルとルイのか。そう考えると自分たちの結婚式は遠い。
「……随分と無口ですね。もう疲れましたか?」
 馬でセオラスのつけた印のあとを追っていると、レイが声をかけてきた。
「いや全然。なんていうか面倒なことに巻き込まれてるから、これからの楽しいことを考えてた」
「楽しいことですか?」
 レイは少しも疲れていない顔で笑う。
「そう。おまえがドレス作るって言ってたな、とか。ウィルたちの結婚式とか」
「ああ、そんな面倒なこともありましたね。お二人の結婚式は楽しみですが」
 ため息を吐きながらレイが答える。
「ドレスを作るのは面倒事かぁ」
 レイらしいや、とアドルバードは笑う。
「最近はそんなことばかりでしたから。こうして暴れられる方が楽しいですよ」
 馬で早く駆けながら楽しそうにレイは話す。お妃修行の日々は思った以上にストレスが溜まっていたらしい。
「随分と気楽そうですねぇ、お二人とも。一応問題の商団を追ってるんでしょう?」
 暢気に会話していたアドルバードとレイを見てフェルデンの騎士が声をかける。商団を装った武装組織である可能性が高いので、待っているのは間違いなく血生臭いもののはずだ。
「お貴族仕事も面倒だってことだ。……止まれ」
 レイの一言で全員がぴたりと止まる。大きな木にそれとなく分かる目印がひとつ。
「セオラス」
 あまり大きくない声で名を呼ぶと、影に隠れていた一人の男が姿を現した。馬は少し遠くに繋いでいるのだろう。
「ども」
 へらっと笑いながら手をあげたセオラスに合わせてレイも馬を下りる。すぐ動くことになるので他はそのままだ。
「首尾は」
「まかせてください。向こうで休んでます。ここからどうやって移動しようか悩んでるみたいですね。五人ほどしかいません。全員武器を持ってます」
「大体予想通りか」
 ふぅ、とレイがため息を吐く。
「五人くらいなら俺とレイ、それとセオラスで先に行こう。フェルデンの奴らはその後で来てくれ。拘束するのには人手がいる」
 レイとセオラスの話を聞いていたアドルバードがあっさりと指示を出した。それに驚いたのはフェルデンの人間くらいだ。
「で、殿下! それなら全員で突撃した方が――」
「大人数で動く方が隙が生まれやすい。ましてこの森の中だしな。おまえらは周囲を囲んでくれてる方が助かる。もし俺たちが取り逃がした奴がいたらおまえらで捕まえてくれ」
 さほど深い森ではないが、あちこちに木々が茂っているこの場所は団体行動には向かない。大人数での乱闘になれば下手すると共倒れしかねない。
「そうですね。五人程度ならそれで充分すぎるくらいです」
 レイも初めからそのつもりだったかのように頷き、セオラスについては異論は一つもないようだった。
「姐さんと俺が二人、殿下が一人ってとこですかね。楽勝楽勝」
 勝手にそう見積もるセオラスにアドルバードは少しむっとしながら馬を下りる。
「俺とレイが二人、おまえが一人、だ!」
「無理しなくていいですよ殿下」
「無理なんかしてない!」
 一方的な言い争いにレイがため息を吐き出して、無視を決める。フェルデンの騎士たちを振り返った。
「これから十分後に作戦開始。それまで周囲を囲んで待機しててくれ」
 そう指示を出すと言い争う二人と無視してすたすたと歩き始めた。このままでは一人でどうにかしてしまいかねない姿に二人が慌てて後を追ったのは言うまでもない。



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