可憐な王子の結婚行進曲

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14:正義の味方ってとこじゃないんすかね!


「国の騎士団なんていっても大したことねぇのなぁ! あっさり騙されやがって、今頃はあいつら全員ぶっ倒れてんじゃねぇの!」
 酒を飲み交わしながら、ぎゃはは、と下品な笑い声をあげる連中にアドルバードは苛立った。きつく拳を握りしめたアドルバードを、レイが無言で制する。
「先走らないでくださいね。合図して出ます」
 冷静なレイの声に、アドルバードは怒りを飲み込んで頷く。酒を大量に飲んだ連中はどこからどう見ても隙だらけだ。
 息を殺して身を隠し、レイが小さく「3、2、1」と数える。カウントがゼロになった瞬間、三人は飛び出した。
「なんだぁ!」
 驚いて声をあげた男を一人、まずアドルバードが斬り伏せた。

「人のもん盗って金儲けとはいい度胸してるなぁ! 一つ残らず返してもらうぞ!」

 血がついたままの剣を突き付けると、男達は一瞬怯んだ。しかし酒の魔力か、すぐに威勢よく大声をあげてかかってきた。
「これでは運動不足解消にもなりませんね」
 運動不足なんて感じさせないしなやかな動きでレイが一人、あははと笑いながらセオラスが一人、と斬り伏せる。
「なんだこいつら!」
「正義の味方ってとこじゃないんすかね!」
 また一人セオラスが斬るが――浅かったのだろうか、一太刀では倒れない。背後にいたアドルバードが止めを刺し、その間にレイがもう一人を倒していた。
 それは本当に数分で終わってしまった。
「口ほどにもない」
 ふん、とアドルバードが剣を軽く払い鞘にしまう。
 もう終わったのかという顔でフェルデンの騎士がやって来て、地に伏してる男達を縛り上げた。
「まだ気は失ってないだろう。手当ての後に聴取を。向こうの馬車の中を見て砦から奪われた武器と数が合ってるか確認しろ」
「はい!」
 レイの指示に何の疑問も持たずに騎士たちは働く。本来指示を出すべきなのはアドルバードなのだが、本人も最早何も言わなかった。レイが騎士として働いていた頃はこうだった、なんて思いながら苦笑するだけだ。
「俺が二人、だったろ! 無理じゃなかったじゃないか」
 じろりとセオラスを睨みながらアドルバードが言うと、セオラスは笑った。
「あれで二人とカウントするのはずるくないですか? 公平に一人半ずつですよ。俺が先に斬ってるんだし」
「止めを刺したのは俺だろ」
 またごちゃごちゃと言い争いを始めた二人に、レイが呆れてため息を吐き出し、割って入るようにして無駄な会話を止めた。
 フェルデンの騎士は既に縄で縛りあげた男達を運び始めていて、周囲に残ってるのはアドルバード達三人くらいだった。アドルバードとセオラスも一瞬目を合わせた後で笑い、砦に戻るために歩き始めた。


 静まり返っていた砦は一転して、賑やかになっていた。
 医師の指示が飛び交い、フェルデンの騎士があちこちと駆けまわっている。アドルバード達はといえば大仕事を終えて暇な方だった。
「まったく、気が緩んでるなぁガデニアの奴らも。こんなアホどもにしてやられるとは」
 はぁ、とため息をつきながらまた稽古し直す必要があるだろうか、なんて思う。ハウゼンランドが平和なおかげで緊張感に欠けるということは否めない。
「武器をこのまま売られてしまえば東側の情勢の悪化に繋がるでしょうし、国境も危うくなるかもしれませんでした。不覚をとったという点に関しては罰が必要でしょう」
 一度奪われた武器がどこへ売られるはずだったのかはこれから話を聞きだして分かることだが、予測はほぼ間違いないだろう。東の荒野の情報が入りにくいのも面倒なところだ。
「私としても数日滞在して、騎士の根性を叩き直したいところですが」
 ぽつりとレイが呟くと、セオラスが少しだけ青ざめた。
「生憎、そう長居するわけにもいきません。騎士団から無断で馬を拝借してきてますし、王子とその婚約者が長いこと王都を留守にするわけにもいかないでしょう」
 はぁ、とため息を吐き出して残念そうにレイは続けた。命拾いしたな、とセオラスは小さく呟いた。病み上がりの身体でレイにしごかれるのは地獄だろう。
「……て、ことはすぐ帰るのか? さすがに少し休んで行けば……」
 さっき来たばかりじゃないか、とアドルバードがレイを一瞥しながら言った。かなり無理してここまで来たのだろうから、一晩くらい休んでも罰は当たらないと思う。
「それもそうですが……さすがに無関係の人間がこれ以上砦にいるのも問題でしょう? 近くの村まで戻って宿をとりますから」
「ここまできたら他の奴らだって見て見ぬふりするだろ。まるで無関係というわけでもないし」
 村に着く頃には日も暮れてしまう。旅行客も少ない時期だから宿をとるのは可能だろうが――。
「そこを甘えるわけには――」
「はいはい姐さん。殿下はまだしばらく逢瀬を楽しみたいんですよ。城じゃロクに話も出来ないんだから」
 止まらない二人の会話にセオラスが割り込んだ。
「明日には俺たちも引きあげると思いますし、途中まで一緒に帰りましょ」
 ね、と話をまとめ始めたセオラスに、レイも呆れ顔でため息を吐く。降参の合図だった。
 城の中と違い、この状況はレイとしても居心地がいい。緊張続きだった最近はこうして楽に息をすることも忘れていた気がする。ならばしばしの休息、というのも悪くはないだろう。
「まぁ、陛下も父もそのつもりなんでしょうからね」
 王子を守る護衛が増えるのは良いことだろう。
「ではアドル様」
「? うん?」
 にっこりと笑いながら振り返った恋人に、少し嫌な予感を感じながらアドルバードは答えた。
「帰るまでに報告書をまとめてくださいね? 帰ってからやるから仕事が片付かないんですから」

 本当に、相変わらず。
 レイは有能だ。


「……………………はい」



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