可憐な王子の結婚行進曲

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15:俺はレイの人生も背負うことになるんだよ


 捕えた連中が語ったのはおおよそこちらが考えていたとおりのことだった。東の荒野での小国の情勢は常に不安定で、現在も一人有力なものが部族をまとめ国をなそうとしているそうなのだが、それに反対する勢力ももちろんいるものだ。その反対勢力に大量の武器弾薬を売ればひと儲けできる。――そして目をつけられたのが平和なハウゼンランド。
 まったく迷惑な話である。
「アドル様、そこ文字間違えてますよ」
 報告書を作っていると、隣で見ていたレイがぴしゃりと間違いを指摘する。手元を見れば確かにスペルを間違えていた。
「……いや、なんだか気が抜けたらどっと疲れが出て」
 眠い目をこすりながら言い訳し、、目を覚まそうと頬を叩いた。
「もうすぐで終わりでしょう。これを書いてしまえばあとは楽なんですから」
「ん、分かってる。でもまぁ、ご褒美があると思えばもう少し頑張るんだけど。俺書類書くの嫌いだしなぁ」
 ふぁ、欠伸をしながら呟くと、レイは少し冷めた目でアドルバードを見ていた。
 え、俺何か変なこと言いました? アドルバードは顔をひきつらせて、自分の発言を思いかえす。問題があるとすれば――。
「別にいつもいつもご褒美にキスして欲しいなんて思ってないぞ!? そんなんじゃなくてもやる気のでそうなことがあればいいなぁっていう話で!」
「……本来いるはずのない恋人が隣にいるんですから、充分なご褒美だと思いますけど?」
 呆れたようにため息を吐くレイに、アドルバードは小さくなるばかりだ。
「そう言われるとそのとおりなんだけどさ……でも俺、今回のはレイへのご褒美だと思うな」
 途中で止まっていた報告書の続きを書きながら、アドルバードは呟いた。レイは予想外の言葉に目を丸くしている。珍しい反応だな、とアドルバードは内心でおかしくなった。
「そう、ですか?」
「うん。そりゃまぁ俺としても仕事はさくさく進むし会いたかったし嬉しいけど……レイはこうでもしない限り、王都の外になんて出ないだろうし。今は周りがうるさい時期だから剣を握るのも我慢してただろ? 親父はおまえやリノルには甘いからさ。気分転換させたかったんじゃないか?」
 それを止めなかったディークも同じようなことを考えていたんだろう。アドルバードは素直にそう思った。
「では……私がこうしてアドル様を急かして報告書を書かせているのも、陛下の予想通りなんでしょうか?」
 くす、と笑いながらレイは問う。
 半分以上が埋まった報告書を前に、アドルバードは苦々しそうに答えた。
「まさにそうだろ。ホント食えないおっさんだ」
 手のひらの上で転がされているような気がしてあまり良い気分ではないが、それでも何かおかしくて、アドルバードとレイは目を合わせると笑った。





 行きは急いだものの、帰りはそれほど急かされているわけではない。三人でそこそこの速度を保ちながら王都を目指した。旅に慣れた者しかいない帰り道はこれといった問題もなく、予定よりも幾分か早く城が見えた。
「では私はここで。裏の通用門から入りますから」
 城へ入ろうかというところでレイがそう言いだした。そういえばアドルバードと一緒にいるはずがない――と、いうことになっているのだった。
「ああ、じゃあまた」
「今日私は城へ来ていないはずですから、明日以降になりますね」
 くすくすと、アドルバードを焦らすようにレイは呟いて去って行った。もう正門は目の前で、アドルバードとセオラスはそのまま門をくぐった。
「……姐さん、幸せそうですねぇ」
 馬を預けたところで、セオラスがぽつりと呟いた。
「な、なんだよ突然」
 しみじみとしたセオラスの言葉に、アドルバードは反応に困って口籠もった。
「いえ、ああいう風に笑う姐さん、あんまり見たことないんで。騎士団では厳しくておっかない感じでしたしね」
 確かに以前はあまり笑わなかったかもしれない。騎士としての矜持があったのだろう。ましてレイは規律に厳しい。
「幸せそうで良かったです。騎士団の奴らは姐さんに懐いてますからね。泣かせたらぶん殴られますよ」
「おまえらが俺を殴ったらレイがおまえらをしばくと思うぞ」
 自惚れではなく、それは確実に。アドルバードは苦笑いしながらそう言い切った。セオラスも「でしょうね」と笑う。
「……窮屈さからもそろそろ解放されるだろうし、これからは本格的に結婚まで忙しくなりそうだなぁ」
 お妃修行という名目の授業もほとんど終わったと聞いた。アドルバードが忙しいのはいつものことだが、レイはしばし暇になるだろう。
「先にお姫様の方でしょう?」
「ああ、そうだ。リノルのがあったかぁ。あっちは一応国同士の体面があるからさっさと済ませたいだろうしなぁ」
 本音を言えばアドルバードも早く結婚したい。『婚約者』という立場である間はレイが剣を握るたびに周囲はうるさく騒ぐだろう。それを理由に婚約を破棄させようとするかもしれない。
 それが分かっているから、レイは剣を握らずに耐えていた。
 アドルバードには、その姿を見ている方が辛い。
「殿下。ここ、皺寄ってますよ」
 セオラスが自分の眉間を指差しながら苦笑した。指摘されたアドルバードは直そうとするが、なかなかうまくいかない。
「癖になるかも。最近いろいろあるし」
 さすがに眉間に皺が寄ったままいかつい表情になるのはごめんだ。自分の指でぐいぐいと皺を伸ばしてみる。
「姐さんといる時はしまりのない顔をしてるんですけどねぇ」
「……しまりないとか言うな」
 むす、とした顔でアドルバードが呟くと、セオラスは可笑しそうに笑う。
 ふわりと風が吹いた。王都の風は、ガデニア砦の風と比べると温かい。そういえば今は春だったなぁ、と思う。ハウゼンランドでは春だと感じた頃には短い夏がやってくる。そして気がつけばまた寒い冬になるのだ。
「あんまり気にすることないですよ。姐さんが選んだ道ですから。殿下が背負うことじゃありません」
「これから俺はレイの人生も背負うことになるんだよ」
 だから悩む権利はある、というのは勝手だろうか。
「でもやっぱり気にすることじゃありませんよ。言ったでしょう?」
 晩春の風がまた二人の間を吹き抜ける。見上げれば空の色は徐々に濃くなっているようだ。夏が近いのだろう。
 アドルバードは空を見上げてセオラスの言葉を待った。


「幸せそうだ、って」


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