可憐な王子の結婚行進曲

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16:自分の選んだ道……か



 通用門を通り、厩へ顔を出すと誰もいなかった。表の門から王子が帰還したので、迎えに行っているのか――馬泥棒の犯人を見逃す為にわざと手薄にしているのか。
「よく頑張ったな」
 馬の首を撫でて労い、水と干し草を与えてから厩を出る。その時だった。


「レイ!!」


 よく通る、可憐な声が聞こえて、振り返る。金の髪が風に踊り、白い肌は走っているせいかほんのりと上気している。
「おかえりなさい!」
 嬉しそうな声は、すぐに飛び込んできた。レイはその身体をなんなく抱きとめる。
「ただいま戻りました、リノルアース様」
 レイがそう返すと、リノルアースはレイの首に抱きついたまま微笑む。
「アドルが戻ったって聞いたから、レイもそうだと思った! こっちに来て正解ね!」
 兄の迎えよりもこちらを優先した事実を聞かされると、婚約者という身もあって居たたまれない。
「リ、リノル様!」
 慌てた様子でルイが駆けつけてきて――まるで恋人同士のように抱き合う二人の姿に絶句した。
「あら、遅かったじゃないの、ルイ。もう感動の再会は済ませたとこよ」
「え、あ、あの」
 ぽかんと情けない顔のまま、何と言ったらいいのか分からずにルイは目を丸くする。弟の頼りない姿に、レイはため息を零した。
「ルイ。いくらもう騎士ではないからといって、リノル様から目を離すのは感心しない。ましてこんな場所に姫君が足を運ぶなんて」
「もう、レイったら口うるさい女官長みたいなこと言うんだから」
 ぷぅ、と頬を膨らませてリノルアースはそう零した。
「す、すみません……ですが、無理があります。リノル様を止められる人間はそういません」
「ちょっとルイ。可愛い可愛い婚約者に対してなんなの、それ」
 じろり、とリノルアースから睨まれてルイは一歩後退った。リノルアースはむすっとしたままレイから離れる。
「とにかく。レイはすぐにお風呂。綺麗に磨いてまた『王子の婚約者』に戻らないとね。その間に迎えの馬車を呼ぶわ」
 男物の服を着て、馬と駆けたレイはお世辞にも貴族の令嬢には見えない。レイは苦笑して頷き「お願いします」と答える。
 リノルアースは意気揚々と城の中へと戻る。その後ろ姿を見ながら、ルイがレイに微笑んだ。
「遅くなりましたが、ご無事でなによりです。アドル様は一足先に城に入って、陛下に報告されてますよ」
「知ってる。ともあれ、迎えの馬車が来るまで私は城にいないことになったいるんだから、会うわけにもいかないだろう」
 表向きはレイはバウアー家にいたことになっているのだから。レイは苦笑すると、疲れを感じさせない動きですたすたと歩いて行く。


「何してるの、ルイ! 早く!!」


 急かすリノルアースの声に、ルイは苦笑しながら二人を追いかけた。









 薔薇の香りのする湯に浸かりながら、レイは筋肉をほぐした。しばし剣を振るっていなかったからか、やはり少し動きがにぶっていた。自分以外は気づかない程度だが。
 長くなった銀の髪は汚れも落ち、いつもの輝きを取り戻している。
 何もかもが夢だったように。
 本当に、夢のように儚い、以前の日常だった。
「これも、自分の選んだ道……か」
 苦笑しながら天井を見上げる。普段リノルアースが使う浴室だけあって広くて美しい。何度か使ったことはあるから、今さら感慨深くもないが、いずれ自分が彼女と並ぶ――彼女以上の生活をするのかと思うと、不思議で仕方ない。
 見下ろす自分の肌は、およそ淑女の白い肌とは違い、あちこちに傷が残っている。騎士だった頃のものだ。
「――――……」
 本来ならば、肌に傷一つない姫君が王妃となるのだろう。
 騎士であったことを恥と思ったことはないし、この傷跡のどれもがレイにとっては誇りだ。アドルバードの為、国の為に身体を張った結果なのだから。
 だから、後悔はしない。


「レーイー!」


 物思いに耽っていると、扉からひょっこりとリノルアースが顔を出す。
「そろそろいいんじゃない? 着替えの準備もできたわよ」
「……どのくらい入ってました?」
 リノルアースに急かされるほどとは、とレイは苦笑した。騎士の頃の癖でいつもは早すぎるくらいに上がっているのだが。
「一時間と少し? くらいかしら。珍しく長かったわね」
「少し考え事をしていたせいでしょうか」
 らしくないな、と苦笑しながらレイは湯船から上がる。待ち構えていたように侍女がタオルを持ってきて、レイの肌を隠した。ふわふわとしたタオルはひどく優しい。
「それこそ珍しいわ。レイが考え込んで時間を忘れるなんて」
 くすくすと笑いながら、リノルアースは侍女にされるがままのレイを傍観した。侍女たちはレイの髪の水気をとり、身体を拭き、衣装を着せていく。いつもならば自分で出来ると断るレイだが、最近は我慢するようにしていた。王妃にとっては当たり前の日常だからだ。
 着せられるのは騎士服ではない、美しいドレスだ。
 化粧台の前に座らされると、銀の髪は複雑に結いあげられ、薄い化粧を施される。
「ん、よろしい! レイは綺麗だからあんまりお化粧いらないわね」
 全てが終わると、リノルアースは満足そうに笑った。
 足首まであるドレスは、海の深い青だ。一色ではなく、本物の海のように様々な青がグラデーションのようになっている。髪には同じ生地のリボンが編み込まれた。
「さっきレイの家から馬車も来たらしいわ。これで城内を歩き回っても矛盾はないわね」
 にっこりとリノルアースが笑って情報を伝えてくる。その時コンコン、と控え目なノックが聞こえ、リノルアースは「どうぞ」と答える。
 ルイがおずおずと気まずそうに顔を出した。
「……着替えは、終わりました?」
「ええ、ばっちりよ」
 リノルアースが頷くと、ルイはほっとしたように部屋に入ってきた。リノルアースに追い出されていたのだろう。
「アドル様も報告も済んで、今は部屋にいらっしゃるそうです。行ってみたらどうですか?」
 変身した姉に特に感想もなく、ルイはそう告げる。
「……いや……」
 今行っても溜まっていた仕事の邪魔――アドルバードがレイに夢中になって仕事が手つかずになるだけだが――になるだろう。
「いいから、行って来なさい。どうせディークのところにも行くつもりだったんでしょ」
 ほら、と背中を押され、レイは困ったように微笑む。このままではどうせ追い出されるな、とレイは大人しく頷いた。そもそも弟の邪魔をするのは忍びない。


「では、失礼します」


 優雅にドレスを裾を摘んで一礼すると、レイは踵を返した。




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