可憐な王子の結婚行進曲

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20:……俺が基準かよ



 リノルアースとレイが隣室に閉じこもって数十分。
「……長いですね?」
 今まで着替えるために籠っていた時間よりも遥かに長く、アドルバードとルイを顔を見合わせて首を傾げた。
「そんなに着にくいドレスじゃなかったと思うんだけどなぁ」
「……経験からくる言葉ですか、それ」
 散々ドレスを着せられたアドルバードを横目で見ながらぽつりと呟いたルイに、本人は容赦なく腹に肘を入れた。そこらへんの痛い記憶は掘り返さなくていい。
 そうこう騒いでいると、隣の部屋の扉がガチャリと開いた。


「レイ、ほら」


 リノルアースの声が先に聞こえ、緑色のドレスに身を包んだリノルアースが現れた。落ちついた色のそのドレスは、今までリノルアースが着てきたものとは雰囲気が随分と違う。いつも着ているドレスと形は大差ない。しかし裾には金糸で蔓薔薇が描かれていて、袖には白いレースが飾られている。地味な色のドレスだというのに、リノルアースが着ることによって何倍も華やかに見えた。夏の木々の色だ。
 ほう、とルイはため息を零す。見慣れているはずのアドルバードでさえ一瞬見惚れた。
 その二人の反応に気づいたのだろう、リノルアースはふふん、と笑ってルイを見た。
 リノルアースに急かされて出てきたレイは、先程よりも明るい瑠璃色のドレスを着ていた。薄い布が幾重にも重なっているので、裾の方へいけばいくほど日の光に透けている。胸元には白いレースが縁どられ、よりいっそう明るい雰囲気にしていた。
「綺麗すぎて言葉もないみたい」
「リノル様」
 肩をすくめるリノルアースに、レイが苦笑した。アドルバードもルイもまさにそのとおりなので何も言えない。
「……何かコメントは?」
 リノルアースが催促するようにルイを見ると、ルイは心なしか少し顔を赤くして口籠もった。
「こ、言葉が見つかりません」
「――ふぅん。ま、いっか。これにしよっと」
 じろりとルイを見たあとで、リノルアースはくるりと振り返りドレスの調整に入った。頑張って褒めるよりも困る方がいいとはどうすればいいんだろう、とルイは悩む。後学のためにも対応を覚えておきたいところだ。
「ルイ」
 機嫌がいいとも不機嫌とも分からない顔で、リノルアースが振り返る。
「は、はい!?」
「ルイも、服は緑にしてね。一応あんたが私のエスコートするんだから」
 変なカッコしたら許さないわよ、と念を押すリノルアースにルイは苦笑しながら頷いた。なんとなくだが――これは照れ隠しな気がする。
「どうせですから、リノル様が選んでください」
 ねだるように、目線を合わせて言う。
「べ、別にいいわよ。あんた一人に任せるよりはずっといいと思うし?」
「それじゃあ、お願いします」
 ルイの予想通り照れたように顔を赤くして答えるリノルアースの反応に、ルイはかなり満足だった。







「アドル様?」
 見惚れて硬直したままのアドルバードの前で、レイは首を傾げる。
「え、あっ」
 レイの手が顔の前でひらひらと揺れたところで、アドルバードもやっと呪縛から解けた。目の前の恋人を見てまた赤くなる。
「……大丈夫ですか?」
 怪訝そうなレイの顔を見て、アドルバードは何度も激しく頷いた。
「ちょ、ちょっと見惚れてた」
 赤くなっているアドルバードに、レイはくすくすと笑って少し意地悪を言ってみた。
「ちょっと、なんですか?」
「――――っ!」
 思いがけぬ攻撃に、アドルバードの顔はますます赤く染まった。「あ」とか「う」ともごもご呟いた挙げ句、キッとレイを見る。
「ちょっとだけじゃなくかなり見惚れました! 以上!」
 開き直りとしか言えないアドルバードのセリフに、レイはますます笑った。身長が伸びても年齢を重ねても、こういう時の反応は一向に変わらない。
「それなら、私もこのドレスにします。アドル様が気に入ったようですし」
「……俺が基準かよ。似合ってるし好きだけど」
「アドル様が気に入る方が、私が気に入るよりも重要ですよ。私がドレスを着るのはアドル様の為ですから」
 さっくりとした追撃に、アドルバードはまた言葉を無くした。何度俺の心臓を止めれば気が済むのか、この人は。
「おまえさぁ……っ」
 すきなひとに、そんなことを言われて嬉しくない男がいるだろうか。ざわざわと騒ぎ始める胸を落ち着かせることに必死だ。いつだってアドルバードの心を騒がせるのはレイだ。しかもレイ本人も最近はそれを自覚している節がある。
「アドル様の準備はいつ……?」
 レイの攻撃に息切れを起こしているアドルバードを軽く無視してレイが問いかけてくる。彼女としては自分のドレスの心配よりもアドルバードの服装の方が気になるらしい。
「暇を見つけてやろうかなぁと思って。わざわざ作らなくても持ってるやつでいいかなーとか」
「それでしたら去年作ったものが良いんじゃないですか? 紺色の」
 アドルバードよりも熟知しているレイは現物を見ずに勧めてくる。アドルバードも自分の記憶を掘り返して「ああ」と頷く。
「確かにレイのドレスにも合うかな。じゃ、そうする」
 あっさりと決めて、アドルバードは笑った。シェリスネイアとウィルザードの結婚式はもう目前だ。決断が早いのは悪いことではない。





 城の外で吹く風は、爽やかで夏の匂いを孕んでいる。窓の向こうへ目線を移せば、明るい太陽の日差しが眩しかった。


 また季節がひとつ、巡ろうとしていた。




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