可憐な王子の結婚行進曲

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21:まったく、妬けるくらいに仲が良いな



 ハウゼンランドの西に位置するネイガスは、ハウゼンランド同様南から北へと縦に長い国だが年間の平均気温はハウゼンランドよりも高い。そのネイガスの南へとアドルバードたちはやって来た。
 季節とはしてはもうすぐ夏を迎える頃だが、ハウゼンランドの王都よりも南に位置するこの領地では一足先に夏を迎えているようだ。じりじりと熱い日差しが容赦なく照りつけてくる。


「……あつい」


 早くも日差しに負けそうになっているのは案の定アドルバードのみで、他の三人は涼しい顔をしている。レイやリノルアースなんてドレスを着てかなり着こんでいるのに違いないのにも関わらず、だ。
「暑くても顔に出すわけにはいかないでしょう。一応は国賓ですよ」
 たしなめるようなレイの声に、同じように我慢しているのかな、とアドルバードは思った。
「大げさだろ。ウィルは王位継承権を放棄したって聞いたけど」
 国賓という扱いは自分が王族である以上しかたないのかもしれないが――実際はただ従兄弟の結婚式に参列するだけである。ウィルザードはここ数年、アドルバードか――それ以上の働きを見せ、ついにはヘルダムにシェリスネイアとの結婚を認めさせた。ネイガスとしては次期国王候補に、という考えもあったが、ウィルザードは婚約が決まるとすぐに王位継承権を投げ捨てた。
「シェリーがこれ以上王族の面倒事に巻き込まれないで済むんですから、感謝したいところですね」
 未だに慣れなさそうに、双子と並び騎士服ではない正装に身を包むルイが微笑んだ。大陸中の国がこれで婚約破棄だろうと思っていたのにも関わらず、ヘルダムはシェリスネイアを送り出した。あのアヴィランテの姫君が、王族でもない男に嫁ぐなんて。あれは正解中が驚愕した瞬間だったに違いない。
 かくしてウィルザードとシェリスネイアの結婚式は、ネイガスの一番南の領地・ハーゲニアにてひっそりと行われることになった。ひっそりと、といってもハウゼンランドの双子の他にアヴィランテ国王、さらには数人の王族が招待されているのだから豪勢なものだが。
 会場となっているのはこれからシェリスネイアとウィルザードが住むことになっているハーゲニアの領主の館だ。広い庭にテーブルを並べ、あちこち花で彩ってある。王族の結婚式と考えれば質素すぎるくらいだ。
「屋外でやるなんて珍しいわねぇ」
 リノルアースは物珍しげに周囲を見ていた。ネイガス国王などは館の中で控えているのか、姿は無い。アドルバード達は控えの間で休んでいてくれ、とのことだが物珍しさが勝ったリノルアースがあちこち見て歩いているのである。
「二人の希望らしいからな。静かに暮らしたいから、派手にやる必要はないって」
 ネイガス国側にしてみれば、この結婚でアヴィランテと繋がりを持てた分ウィルザードの働きは評価しなくてはいけない。そこで本人達が強い希望を出してしまうと、頭ごなしに拒むことも出来なかったのだろう。ウィルザードの働きはシェリスネイアとの仲を認められたことを考えれば、それだけ素晴らしいものだったと分かる。


「やぁ、お揃いで」


 招待客がまだまばらにしかいない会場で話しこむ四人のもとへ、にっこりと微笑みながらやって来たのは、アヴィランテ国王ヘルダムだった。相変わらずと言うべきか、食えない顔をしている。
「お久しぶりです、兄上」
 苦笑しながらルイが一番に挨拶する。ヘルダムを兄、と言うのにも随分と慣れてきているようだ。アヴィランテでの生活のおかげだろう。
「久しぶりだね、元気そうで何よりだ。相変わらず目立つね君たちは」
「あらありがとう。それで、アヴィランテ王がこんなところをうろうろしていていいのかしら?」
 見たところヘルダムには護衛がいない。もちろんアヴィランテからこちらに来るまで一人だった、などということはありえないが。
「それは君たちも同じだと思うけどね」
「形だけの護衛なら向こうにいますけどね。要らないですよ、さすがに」
 苦笑しながらアドルバードが呟く。一応はセオラスや騎士団の数名が護衛として共にやって来ているが――ルイやレイが一緒にいる以上そんなものは無用だ。レイは落ち着かないという理由でいつもドレスの下に武器を隠しているようだし。


「……そこで固まられると、周囲の視線を集めてるってことに気づいたらどうだあんたら」


 あんたらみたいな有名人が、と呆れたような声がした。振り返ると、新郎と新婦が並んで立っている。ウィルザードは淡い灰色の上着に、胸元に白い薔薇をさしている。隣に寄りそうシェリスネイアは、真っ白なドレスに金と銀で刺繍が施されていた。頭から薄いベールをかぶり、髪にはウィルザードと同じく白い薔薇が飾られている。
「お久しぶりですわね、来て下さって嬉しいわ」
 にっこりと微笑むシェリスネイアからは、以前感じたような影はなかった。幸せに満たされたその笑顔はその隣に立つ人間が与えてくれたものだろう。
「久しぶりね、シェリー。今のあなたは世界で一番綺麗な花嫁だわ」
 リノルアースが素直にそうシェリスネイアを褒めた。久しぶりの再開に喜ぶ姫君二人は、この場の誰よりも華やかだ。
「幸せそうでほっとした。シェリー」
 すっかり兄の顔になっているルイがシェリスネイアに歩み寄る。シェリスネイアもルイを見上げて微笑んだ。こうして並んでいると、けっこう似ている兄妹だ。
「お兄様も。リノルとの婚約、おめでとうございます。式にはもちろん呼んでくださいますわよね? 私も楽しみにしてますのよ」
「それはもちろん」
 答えるルイに、リノルアースが横から「当たり前だわ」と呟いた。その言葉にシェリスネイアが嬉しそうにくすくすと笑う。




「……まったく、妬けるくらいに仲が良いな」
 そんなやりとりを見ながらヘルダムは苦笑した。シェリスネイアの兄なのは、何もルイ一人ではない。
「次は彼と姫君の結婚か。それで、君たちはどうなっているのかな」
 祝いの言葉も言いそびれているアドルバードと、それに寄り添っているレイを見ながらヘルダムは問う。ヘルダムの言う彼はルイのことだろう。おそらくこちらを気遣って『本当の名前』で呼ばないのだ。
「おそらく早くとも来年の話になるでしょうね。リノルアース様たちと一緒に、という話もありましたが、そうするにはあまりにも時間がありませんし」
 リノルアースとルイとの結婚は、国同士の絡みもあり早めに済ませるしかない。そもそもリノルアースはもう十八歳で、結婚適齢期としては少し遅いくらいだ。
「それこそ、そちらにそういう話はないんですか?」
 何気ないアドルバードの問いに、ヘルダムは「そうだねぇ」と呟く。大国アヴィランテの国王へ嫁ぐともなればあちこちから手が挙がるだろう。
「運命があれば、ね。まぁ心配しなくてもある程度の年齢にあったら身を固めるつもりだよ。どこかの国王と違って」
 ヘルダムの言うどこぞの国王を思い出して、アドルバードは苦い顔をした。





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