可憐な王子の結婚行進曲

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22:一つ忠告しておこう



 こうも美しい人が並んでいると圧巻だね、とヘルダムが呟いた。最近ではハウゼンランドは美人の産地、なんて冗談みたいな噂が流れるようになっているらしい。純白の花嫁衣装に身を包んだシェリスネイアが綺麗なのは当然として、地味な色合いのドレスを選んだはずのレイやリノルアースもあちらこちらから視線を集めている。
「よく耐えられるものだね、俺だったら閉じ込めて他の男の目につかないようにしてしまうよ」
 にっこりと笑いながら、ヘルダムは冗談とも本気ともつかないことを言う。
「本人が望まないことはしません。まぁ、慣れもありますけどね」
 リノルアースに扮していた頃といい、背が伸び自分自身が注目を集めるようになった時といい、周囲の視線を集めるということには慣れているのだ。アドルバード自身が。そして以前に比べ、レイと並んで遜色ない外見をしている自信もある。中身は別としても。


「では、一つ忠告しておこう」


 くすり、と意味ありげな笑みを零してヘルダムが呟く。アドルバードは周囲には聞こえない程度のその声に釘付けになった。小さな声、それはつまりアドルバードのみに伝えようとしているものだ。
「東が騒がしいのは、君も知っているだろう」
「それは、もちろん」
 ガデニア砦での騒ぎはまだ記憶にも新しい。そもそもの原因は東の荒野での騒ぎだ。
「新しい国が出来たようだね。確か――そう、レナンドという名だったかな」
「遠い地にいるわりに、耳が早いですね」
 新しく国が出来てはつぶし合う東の荒野に目を向ける国は少ない。そもそも国交を結ぶ前にまた国の名が変わるのだから、国際的な地位は低いのだ。
「そのレナンド王はそれなりの手腕らしい。おそらくこれから目立ってくると思うよ。しかし新興国の王となれば甘く見られるのは必然だろうね」
 国同士の場に顔を出すようになる、ということだろうか。そうなればいずれアドルバードが王となった時に顔を合わせることもあるだろう。そういう意味での注意だろうか、とアドルバードは首を傾げた。
「まぁ、それは余談だよ。東の民族の性格をきちんと覚えておくといい。あいつらはね、欲しいものは力づくで手に入れる人間たちだ。そして力のある者には従順だよ」
 それはつまり、力のあるアヴィランテにはたやすく膝をつくという意味だろう。だからヘルダムは余裕のある表情を崩さない。
「――ハウゼンランドが危険だと?」
 アドルバードはその青い目を細めてヘルダムに問うた。ヘルダムは何も言わずに、ただ微笑む。
「土地を狙うほど愚かではないと思うけど、ね。気をつけるに越したことはない。それに向こうは国との繋がりを欲しがるだろうから」
「……リノルは、もうじき結婚します」
 ヘルダムの言う繋がりは、国同士の結婚だとアドルバードは読んだ。新興国が欲しがるのは伝統だ。それはどう足掻いても一朝一夕に手に入るものではない。由緒ある血筋を迎え入れない限り。
「そうだね、でも出来ることなら籠に入れて隠してしまった方がいいかもしれないよ。あの姫君は知恵が回っても力はない」
「そ、れは――」
 謎かけのような、間接的な物言いにアドルバードは黙った。自分の読みが間違いでないのなら、相手は――新興国のレナンドは、既成事実を作ってしまえばいいと思っていると――言われているような気がする。リノルアースは策略をめぐらすことはできても、いざという時に自分を守りきれるほどの力はないから、と。
 青ざめたアドルバードに、ヘルダムはただ微笑んだ。
「相手は人妻でも関係無しとしていた蛮族だよ。君の甘い考えで大事なものが守りきれるか、きちんと考えておくべきだ」


 ぐさりと胸に刺さる忠告に、アドルバードは立ちつくした。
 血生臭い、薄汚い世界には慣れたつもりだったが、やはり自分はまだまだ甘かったんだと知る。認識も考えも、何もかもが王としては足りない。
 そのアドルバードの耳元で、ヘルダムはさらに毒を吐いた。
「あいつらが欲しがるのは何も王族だけじゃない。伝統ある国の血であるなら、貴族の令嬢でも良いだろうね」
 ――それは、レイも危険なのだ、告げられているようだった。







「アドル様?」
 レイの声で、アドルバードはその場に固まっていたことに気づく。はっと顔をあげるとレイは心配そうにこちらを見ていた。
「そろそろ式が始まりますよ? 大丈夫ですか?」
 そう言われて周囲を見れば、先程までいたシェリスネイアとウィルザードの姿がない。控室にいた他の招待客もいて、自分がどれだけぼんやりとしていたか思い知る。
「悪い、ぼーっとしてた」
「……お疲れですか?」
 心配そうなレイに「大丈夫だよ」と微笑んで誤魔化す。レイは納得できていなさそうな顔をしていたが、わあっと周囲が声をあげたことで会話は打ち切られた。




 降りしきる数多の花びらの中、シェリスネイアとウィルザードが並んでやってくる。
 小さな子どもが二人の行く道に並んで、先程から花の雨を降らせていた。色とりどりの花びらが二人を祝福するように優しく降り積もっていく。
「……綺麗ですね」
 レイが隣で微笑んでいた。アドルバードはそのレイの横顔の方にばかり見惚れているけれど――そこは言わずに「そうだな」と返しておく。
 王族の結婚式としては、あまりにも質素だと言われるだろう。けれどシェリスネイアは幸せそうだった。花の雨に降られて、ごく少数の人々たちに「おめでとう」と言われているだけで。花の馬車で王都を巡らなくても、たくさんの国民の拍手を受けずとも。
「幸せそうだな」
 ウィルザードは分かっていたのかもしれない。シェリスネイアにとっての幸福が。そんなことを思いながら随分と男らしくなった従兄弟へアドルバードは祝福の拍手を送った。


「あれで女嫌いだったなんて信じられないわよねぇ」
 同じように拍手を送っていたリノルアースは、ウィルザードを見ながらそう呟いた。
「……女嫌いというか、あれはおまえが嫌いだっただけなんじゃないか」
 それがトラウマで女全体が苦手になっていただけで。
「失礼ね、こんな美人を捕まえて。女に幻想を抱いて勝手に幻滅した男の方が悪いわ」
「……リノル様、ちゃんと祝うつもりあります?」
 友人の結婚式の最中に躊躇いなく悪口を零す婚約者に、ルイは苦笑いをしながら問う。ウィルザードはどうでもいいが、ルイにしてみれば妹の結婚式だ。
「もちろんよ、シェリーは大事な友達だもの」
 きっぱりと言い切るリノルアースの顔に嘘がないから、それもまた分かりにくい。
「私が苦手っていうならちょうどいいわ。あの馬鹿、シェリーを泣かせたらただじゃおかないんだから」
 捻くれたリノルアースの言葉に、アドルバードやルイはこっそりと頬を緩めた。



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