可憐な王子の結婚行進曲

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23:まだ、夢を見ているような気分ですわ


 式が終わると、ヘルダムは早々に帰ってしまった。少し寂しげなシェリスネイアに優しく声をかけながら、一方では「そう暇でもないからね」と残して。アヴィランテほどの大国の王となったばかりということもあり、本人の言うように暇ではないのだろう。今回の訪問もかなり無理をしたに違いない。




「しっかりと俺にシェリスネイアをよろしくね、と言い残して行きましたよ、兄上」
 苦笑しながらルイはグラスに注がれたワインを飲む。式も終わり、夜には屋敷の中でパーティもあったが、今はもうすっかり静かになっている。今はその余韻を楽しみつつ男たちだけで飲んでいた。
「抜け目ないな、あの人も。それよりウィル、おまえ結婚したその日に花嫁放っておいていいのか?」
 暢気に酒の席に加わっている従兄弟を見ながらアドルバードが問うと、ウィルザードは余裕の笑みで「平気だよ」と言った。
「本人がリノルたちとゆっくり話がしたいって言ってるんだ。まぁあと少ししたら部屋に戻るけど」
 今日のような日でなければ夜通し女同士で語りあうといいと言ってやれるが、さすがに結婚初夜ともなるとそうはいかない。本人同士の問題よりも、体面の話だ。
「……それにしても、あの人も性格悪いよなぁ。おまえらには東が怪しいから気をつけろって忠告しておきながら、俺には何もなしだぜ? 曲がりなりにも義弟に」
 ウィルザードは重たいため息を吐き出しながらそうぼやいた。ちょうどアドルバードがヘルダムからの話をぽつりと漏らした後だ。
「性格悪いというよりは……そのくらいどうにか出来ない男にシェリスネイアは任せない、という意味だと思いますよ」
 この中では一番ヘルダムの性格を掴んでいるであろうルイが言う言葉はかなり説得力がある。
「万が一、シェリスネイアに何かあった場合はアヴィランテの力をもって必ず救出するでしょう。そしてたぶん、その時は確実に離縁させられますね」
「……ルイ、それ冗談に出来ないから止めろ」
 簡単に想像できる話に、アドルバードもウィルザードも青ざめた。あの男ならやりかねない。
「それを考えると俺よりシスコンっぽいよなぁ」
 天井を仰ぎ呟いたアドルバードに、ウィルザードが「おまえもかなりのもんだよ」と笑った。否定できないので何も言わない。
「でもまぁ、なんだかここは平和で政治絡みのこととは無縁そうだな」
 ハーゲニアはネイガス王国の中でも小さな領地だ。しかし豊かな土地でもあり、貴族の別邸なども多い。ウィルザードはこれからハーゲニアの領主としてやっていくことになっている。
「そういう土地を選んだんだ。あいつにはもう汚い世界を見て欲しくないしな」
 ウィルザードがグラスを傾けながら微笑んだ。そこそこ飲んでいるが、ウィルザードはもとから酒に強いのでこの程度では酔わない。一番弱いアドルバードは自主的に調整してる。
「ここでのんびり暮らして、そのうち子どもも出来て、二人で子育てして、穏やかに年をとっていければいい。本当は領主とかも面倒だったんだけどな。さすがに二人で田舎暮らしは無理だった」
 本当は王族や貴族にも関わらないような生活にしたかったんだろう。しかしお互いが王族であり、かつシェリスネイアが大国の姫君ともなれば無理な話だった。



 争いなんて関係ない暮らしをしよう、プロポーズの言葉は、図らずも以前に彼女に告げたものと同じになった。
 贅沢な夢ですわね、とシェリスネイアは笑った。笑いながら、しっかりとウィルザードの手をとった。夢なんかで終わりにはしないと誓ったのも覚えている。
 生まれ育った環境はどうにもできない。彼女の過去を否定するつもりもない。けれど、これからの人生はそんな汚い世界に関わらせたくはなかった。だから手に入れるまで努力してきた。
 それを。


「――どこの馬の骨か分からねぇ奴に邪魔される気はないな」


 ウィルザードの呟きに、アドルバードもルイも笑みで返した。
 グラスに残っていた赤ワインを一気に飲み干すと、ウィルザードは立ち上がる。時計を見れば飲みはじめてから随分と時間が経っていた。
「じゃ、お先。あんたらも明日には帰るんだろ?」
「ああ、昼ごろまではここにいる」
 それなりに飲んでいたはずなのにほろ酔い程度のウィルザードは「そうか」としっかりとした返事を残して部屋から出ていった。残ったアドルバードとルイは微妙な気分だ。
 いいなぁ、という本音が零れてしまっても仕方ないと思う。成長したとはいえ年頃の男子としては。
「あと少しの辛抱ですよ」
 残りを飲み干すルイも余裕があるのでアドルバードだけが取り残されている感じは拭いようもない。結婚の順番も時期も納得済みではあるが。
「……それより、どうするんですか? 東のことは伝えます?」
 レイとリノルアースに、という意味だ。何もしかけてくると決まったわけでもないのだから、言わないでおいても問題はない。まして結婚間近の女性に不安にさせるようなことはあまり耳に届けたくないが――。
「自己防衛の意味を込めるなら、言っておくべきなんだろうなぁ」
 リノルアースにおいては大陸でも有名な姫君だ。可憐だった容姿は今は美しさまで兼ね備えている。一言伝えておくだけでも、聡いリノルアースは警戒を怠らないだろう。レイにおいては実のところあまり心配していない。彼女の強さはアドルバードが一番よく知っている。剣を握れば大の男に囲まれても圧倒するし、丸腰であっても一対一なら勝機がある。
「俺としてはあまり言いたくないですね。あくまで怪しい、という憶測の域を出ていないですし」
「……だよなぁ。たとえ怪しくても王族がほいほい国外を出歩くとも思えないし」
 けれど気になるのはあのヘルダムが言い残した、ということだ。それがまるで予言のように感じてならない。
「とりあえず保留。ハウゼンランドに戻ったら少し調べてみよう」
 そうまとめると、ルイは大人しく頷いた。








 ウィルザードが身支度を整えて部屋に行くと、シェリスネイアは既に待っていた。
「随分とゆっくりされていたのね」
 微笑みながら厭味ともとれることを言われるが、表情から察するに怒っているわけではないらしい。
「まぁ、いろいろ積もる話もあるさ」
 苦笑すると、シェリスネイアは「それもそうですわね」とあっさりとした様子だ。ウィルザードとしてはそれなりに緊張もしているし、これからどうしたものかと悩んでいるのだが。


「――……まだ、夢を見ているような気分ですわ」


 ベットに腰かけたまま窓の向こうへ目をやって、シェリスネイアが呟いた。


「夢じゃない」
 そう答えると、シェリスネイアはウィルザードを見上げて微笑む。出会った頃とは比べようもない、優しい微笑みだ。
「そうですわね。やっと現実だと実感できてきてますわ」
「それはまた、随分と鈍い奥方だな」
「こんな大事な日に新妻をほったらかして友人と酒を酌み交わす旦那様もいかがなものかしら」
 それは公認だったろうというか、シェリスネイアも同じようにリノルアースたちと話していたのだから、反撃の材料にするのは卑怯な気がしないでもない。けれど楽しげなシェリスネイアを見れば、言い返すこともできなかった。
「思えば運命だったのかもしれませんわね、私はハウゼンランドに行ったことも、あなたと出会ったことも。あれからは本当に怒涛の日々でしたわ」
 兄を見つけ、初めて恋をして。恐ろしい兄王からの呪縛からも解き放たれて。今は昔と比べると随分楽に息をしている。
「ならこうして、結婚したことも運命か?」
 意地悪のつもりで問うと、シェリスネイアは真面目な顔で「いいえ」と答えた。
「あなたが諦めずに手を伸ばしてくれたから、ではなくて?」
 高嶺の花よ、小国の王子では釣り合わぬ姫君よ、と想いを飲み込んでしまえば繋がらない縁だった。
「さぁな。お姫様が手伸ばしたのかもしれないだろ?」
 しかしウィルザードは誤魔化すように笑い、シェリスネイアを抱き寄せる。運命かどうかなんて、今となってはどうでも良かった。


「――愛してる」


 その一言を、愛しい人に伝えることができるのならば。



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