可憐な王子の結婚行進曲

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25:遠慮なく喧嘩しようじゃありませんか



 シェリスネイアとウィルザードの結婚式の翌日、昼過ぎになってハウゼンランド一行は国へ戻ることになった。
「じゃ、気をつけてな」
「またいらしてくださいな」
 幸せそうな新婚夫婦の姿を見ながらアドルバードは微笑む。リノルアースはシェリスネイアに「もちろんよ」と返しながらもウィルザードを睨んでいた。シェリーを泣かせたら承知しないから、と言外に告げていた。
「今度はリノルとお兄様のですわね。招待状、楽しみにしてますわ」
 ルイとリノルアースを見て微笑むシェリスネイアに、リノルアースはにんまりと笑った。その手には一通の手紙がある。
「来てくれなきゃ恨むわよ」
 そう言いながら差し出したのは、シェリスネイアの言った「招待状」だ。きょとんとした顔で受け取るシェリスネイアに、リノルアースは楽しげに笑う。
「どうせだから手渡ししようと思って持ってきたのよ。癪だけどウィルザードと一緒に来て頂戴」
 じろりとウィルザードと見てから、リノルアースはルイと微笑みあう。
「……これは、嬉しい誤算ですわね。必ず行きますわ」
 シェリスネイアはリノルアースを見て、そして兄であるルイを見た。ルイはシェリスネイアの髪を撫でて微笑む。
「幸せに」
 そう祝福の言葉を述べると、シェリスネイアは幾分幼い表情で「はい、お兄様」と答えていた。失われていた兄妹の時間が、短期間で戻っているようだ。


「そろそろ行かなければ、帰り着くのが遅くなりますよ」
 少し遠慮がちに、レイが声をかける。ただでさえなんだかんだと出立が遅くなったのだ。これ以上先延ばしにすると、あとがキツイ。リノルアースも連れた帰路なのだから、無茶は避けるべきだろう。
「じゃあ、行くか」
 名残惜しそうなリノルアースやルイを見ながらアドルバードがそう言うと、リノルアースはこくりと頷いた。妙に素直なのは、気心の知れた人間しかいない場だからだろうか。
「今度は私達がそちらへ行きますわ。ゆっくりさせていただく予定ですから、よろしくお願いしますわね?」
 シェリスネイアがリノルアースの背を押すようにそう言って、ゆるゆるとリノルアースはルイに手を引かれて馬車へと乗り込む。元気で、と窓から声をかけると、静かに馬車は動き出した。
 リノルアースの頬を風が撫でる。温かい風は、国へ近づくにつれ涼やかになっていくだろう。








 馬車がどんどんと小さくなり、やがて見えなくなってもシェリスネイアはじっと馬車の消えた方角を見つめていた。
「……行ってしまいましたわね」
 少し寂しげに呟くと、隣に立つ夫はあっさりとした口調で「そうだな」と答える。
「賑やかな方たちですから、いなくなると急に静かになりますわ」
 素直じゃない物言いに、ウィルザードは苦笑する。
「すぐ隣の国だ。会いたければいつでも会える」
 何も大陸の北と南に別れているわけじゃないんだから、そうウィルザードが諭すと、シェリスネイアも淡く微笑んで「そうですわね」と呟いた。
「あなたと喧嘩した時には、アヴィラに帰るよりあちらに行った方が楽そうですわ。リノルもいることですし、退屈しなくて済みますわね」
「……結婚早々、喧嘩した時のことを考えなくてもいいんじゃないか」
「あら、きちんと考えておくべきでしょう? あなたと私で、絶対に喧嘩しない自信なんてありませんもの」
 にっこりと微笑む妻の言い分を、ウィルザードも否定できなかった。もともと意見が合わなかったからこそ繋がった縁でもある。これから一緒に生活していく中で、いつまでも仲良く――というのは無理だろう。そもそも意見もぶつけずに生活するのでは人形と暮らしているのと一緒だ。
「まぁ、行き先が分かるだけ楽だな」
 駆け込み寺が初めから申告されているのであれば、迎えに行く側の心配ごとも減るというものだ。むしろあの義兄のいるアヴィランテに行かないだけマシと考えるべきか。
「ふふ、そうでしょう? ですから、遠慮なく喧嘩しようじゃありませんか」
「奥さんに妙なこと言われてるなぁ、俺」
 幸せそうに微笑みながら「喧嘩をしよう」なんて、新婚夫婦の会話だろうか。それでもそんなことさえ幸せに感じるのだから、どうしようもない。ウィルザードは苦笑しながらシェリスネイアを抱き寄せる。シェリスネイアも素直にウィルザードの腕に包まれていた。
「素直に怒れるって、こんな楽なことありませんわ。怒っていても笑っていても、あなたは受け止めてくださるんでしょう?」
 ウィルザードの胸に頬を寄せて、シェリスネイアは呟いた。その艶やかな黒髪を撫で、ウィルザードは優しく囁く。
「ええ、そりゃもういくらでも。可愛い奥さんのためなら」
 茶化すようにウィルザードが答えると、シェリスネイアは少し恥ずかしげに頬をそめて「もう」と呟く。
 どこからどう見ても仲睦まじい夫婦の姿だった。





 馬車の中で、リノルアースはほとんどしゃべらなかった。
 じっと外を見つめたまま、まるで人形のように大人しい。いつもならば誰よりもおしゃべりなリノルアースが静かだと、妙に不気味だった。
「…………憎たらしいわ」
 そのリノルアースが、ぽつりと零した。
「え? 何か言ったか?」
 向かいに座っていたアドルバードが首を傾げて聞き返す。隣に座っていたルイには確実に聞こえていて、心なしかルイの顔色が青ざめている。
「憎たらしいって言ったのよ! あの男シェリーの可愛いトコ全部かっさらっていくのよ!? ああもうむかつく!」
 赤みがかった金の髪を逆立ててリノルアースがわめき、アドルバードは唖然とした。予想していたルイは苦笑いを浮かべて目をそらした。
「……リノル様は、随分とシェリスネイア様を気に入っていらっしゃいますね」
 一人だけ冷静なレイがそう問いかけると、リノルアースは「もちろん!」と答えた。
「私が男だったらぜったいお嫁にもらうわ。だって可愛いもの」
 きっぱりと言い切るリノルアースに、ルイは兄としても婚約者としても複雑な表情を浮かべた。
「……まぁ、いいんですけど」
 慣れてますし、とぽつりと呟き、ルイは目を逸らした。
「何不貞腐れてんの。友情と恋愛比べるんじゃないわよ、馬鹿馬鹿しい」
 一番はあんたに決まってるでしょ、素直すぎるくらいのリノルアースの言葉に、ルイは感極まって言葉が出なかった。



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