可憐な王子の結婚行進曲

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26:頼みがあるんだ



 ネイガスからハウゼンランドまでの道のりは、そう遠いものではない。旅に慣れているアドルバードや体力のあるレイとルイはけろりとしていたが、さすがにリノルアースだけは疲れたようだ。忙しい中の訪問だったのもあり、向こうであまりゆっくりできなかったのも原因の一つではある。
「大丈夫ですか、リノル様」
 王都に到着し、城の中へ入ったはいいものの、リノルアースはあまり顔色も良くない。心配そうにルイが尋ねると「大丈夫に見えるの?」と睨まれる始末だ。
「リノルは部屋に戻って休んでろよ。ルイも――と言いたいところだけど寝室への侵入を許せないのでレイ、一緒に行ってやって」
「はい」
 くすくすと笑いながらレイが頷き、ルイは若干不服そうな顔をしていた。婚約者としては付き添いたいだろうが、さすがに寝室まで入れるわけにはいかない。主従という壁もなくなった今は。
 リノルアースを支えながら歩くレイの後ろ姿を見送りながら、まぁそれは俺も同じか、とアドルバードは苦笑した。
「では、陛下に帰国の挨拶だけでもしておきますか」
 同じように二人の背を見送ったルイが、アドルバードにそう促した。本来なら四人で挨拶に行くべきだろうが、愛娘が疲れたから部屋に戻ったと説明したも怒らないだろう。あんなたぬき親父でもリノルアースには甘い。
「そうだな、面倒事は済ませておこう」
 ふぅ、とため息を吐きながらアドルバードはルイと共に父の執務室へ向かう。ついでに聞いておきたいこともある。リノルアースやレイの耳にはまだ入れたくないこと。
「――東の件、一応聞いてみるか」
「ええ」
 国の情報を得たいのならば、国のトップへ聞くのが手っ取り早い。怠惰な国王でなければ自国に影響のあることは押さえているはずだ。そしてハウゼンランドの国王は怠惰ではない。アドルバードはそう思っている。
 新興国であるレナンドが欲しがるもの。伝統と血筋。ハウゼンランドは国土こそ小さいが、歴史だけは長い。それこそそれだけはアルシザスに勝てるかもしれないくらいには。
「陛下のことですから、既に手は打ってあると思いますけどね」
 ルイが苦笑いを浮かべた。国王はあの腹黒いヘルダムにも並べるほど狡賢い。まして人妻でも欲しければ力ずくで、なんていう性格が本当で、それを王族にまで強要するのであれば被害に遭う可能性があるのはアドルバードやルイだけではない。愛妻家の国王も同じことだ。
 アドルバードとリノルアースの母であるアデライードはまだ若く美しい。自分の身にも及ぶかもしれない危険を見逃すほど、国王は愚かでなかったはずだ。
「問題は素直に話してくれるか、だけどな」
 父親の性格を知っているアドルバードはため息を零しながら歩を進める。足取りが自然と重くなるのは仕方ないと思う、と心の中で言い訳をした。








 重厚な扉をノックして、アドルバードは一度深呼吸をする。
「アドルバードです」
 名乗ると、中から「どうぞ」と声がした。声だけは優しい。
「失礼します」
「失礼いたします。お久しぶりです、陛下」
 アドルバードに続いてルイが部屋へ入り、微笑みを浮かべながら挨拶をする。国王はにっこりと微笑みながら二人を見た。
「ただいま帰りました」
「うん、おかえり。アドルバードは明日からしっかりと働いてくれ」
 仕事はたっぷりあるから、という言葉に分かってはいてもアドルバードはげっそりと項垂れた。忙しい中の訪問だったので、出立前もそれほど仕事を片付けていけなかったのだ。
「ヴィルハザード様も。……というのは厭味かな。ルイも、お疲れ様」
 苦笑するような国王の顔に、ルイも曖昧な微笑みで返した。国王という立場上、ヴィルハザードという本来の名を使うのは仕方ないことで、それでも「ルイ」と言い直してくれる国王を、ルイは嬉しく思っている。昔から何かとルイやレイを気にかけてくれていたのも知っているのだ。
「いえ、分かっています。どちらの名でもかまいません。ルイ・バウアーとしての誇りは今も変わりませんが、ヴィルハザードの名によって得たものも、理解していますから」
 苦笑しながらルイがそう言うと、国王はただ一度頷いた。そして真剣な眼差しでアドルバードを見る。
「おまえもそれなりに交流関係を広げたことだ。もう耳には入っているんだろう。……東のことだ」
 聞こうと思っていたことの核心に、国王の側から触れてきたことで、アドルバードは大いに驚いた。素直に教えてくれれば御の字、というくらいに考えていたのに。
「き、聞いてます。アヴィランテ王から」
「まぁ、あちらさんも情報は早いだろうね。その東の国、レナンドの国王が近々うちにやってくると思う」
「はぁっ!?」
 驚きのあまりアドルバードは叫んだ。何を唐突に、と。国王は予想通りの反応だったんだろう。にんまりと笑って続ける。
「もちろん確定ではない。けれどおそらく確実だ。国王として、こちらに挨拶にやってくるだろうね」
「歓迎するんですか?」
 ルイが比較的冷静な様子で国王へ問う。様子からいって国王も東の国の評判を知らないわけがない。
「来ると言ってくるのを門前払いするわけにはいかないね。曲がりなりにも『国』だ。こちらも王国としての立場がある」
「そりゃ、そうだろうけど……」
 釈然としない様子でアドルバードが呟いた。本音を言えば門前払いしてしまえ、と大声で叫びたい。
「それで、ルイ。君に頼みがあるんだ」
 にっこりと、国王は微笑む。
「はい、なんでしょうか」
「簡単なことだよ。婚約者としてリノルからあんまり離れないでってだけ」
「それは……言われるまでもありません」
 東の国――やってくるかもしれない国王が、噂通りの性格をしているというのなら、警戒するのは当たり前だ。あのリノルアースは大陸でも有名な美姫なのだから。
「頼みたいのはそれくらい。あとは各自で気をつけるように。今のところは仲良くするつもりのない相手だからね」
 はぁ、とアドルバードは答えながら退出しようと父に背を向ける。その背に、
「ああ、アドル。ついでにレイを呼んできてくれないかな」
 にっこりと微笑みを浮かべたままで国王がそう告げた。アドルバードは振り返ってその顔を凝視する。
「レイは旅の疲れで部屋に戻ったリノルについてますけど。伝言ならお聞きしますが?」
「本人の承諾を得たいんだよね。目の届かないところで話をされるのが嫌っていうなら、仕方ないから侍女にでも頼もう」
 しかしながら机から動く様子のない父に代わって、アドルバードが廊下にいた侍女にレイを連れてくるように頼んだ。レイ個人になんの頼みがあるって言うんだ、とアドルバードは頭の中で考える。
 レイのことを信用して、東のことを伝えるのか? しかしそれなら承諾を得る、という意味が通じない。そんなことを考えていると、レイはすぐにやってきた。
「失礼いたします。レイ・バウアー参りました」
 涼やかな声がして、国王は嬉しそうに笑いながら「どうぞ」と応える。
「おかえり」
 アドルバードやルイに向かって言った時とは違い、わずかに優しい顔でそう告げる。レイも微笑みながら「ただいま帰りました」と答えていた。その様はある意味でアドルバードよりも親子らしい。
「それで、お話があるとのことでしたが」
 なんでしょうか、と用件を真っ先に聞いてくるのはレイの癖のようなものだ。無駄な会話は好まない。
「うん、ちょっとお願いがあって」
「お願い、ですか?」
 レイが首を傾げる。アドルバードにおいてはもう何がなんだか分からなくなってきていた。ルイもただ黙って様子を見守っている。


「レイ・バウアー。騎士に戻る気はないかい?」


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