可憐な王子の結婚行進曲

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27:光栄です、国王陛下



 何かを企んでいるような国王に、レイはただ冷静に微笑み返した。
「相変わらず、お優しいですね。陛下」
 あまりにも突然すぎて、すぐに反応できずにいる婚約者と弟を差し置いて、今来たばかりのレイは何もかもを悟っているようだった。そして国王は何も言わず、ただ笑みを深めるばかりだ。


「騎士に戻るって……そんなわけにはいかないだろ、何のために騎士を辞めたと思って――」


 将来がかかっていることだけあって、アドルバードは咄嗟に話に割って入った。レイが騎士を辞めたのは、騎士のままでは王妃になれないからだ。いくら穏やかな国とはいえ、王の配偶者である女性が騎士であることは誰もが許さない。だからレイは剣を置いて、アドルバードを選んだ。剣聖という憧れも捨てて。
「だから、命令じゃないよ。お願い」
 にっこりと国王が笑い、アドルバードは言葉を失う。国王に『お願い』をされて断れる人間がどれだけいるだろうか。
「……陛下はリノルアース様の身を案じておられるんでしょう? そして同時に私の身を守ろうとしてくださっている。言葉を隠してしまうと、ご子息に嫌われますよ」
 苦笑しながらレイが国王へ問いかける。返ってきたのは微笑みだけだ。しかしそれは無言の肯定でもあった。
「……へ?」
 呆然としたアドルバードが隣にいるレイを見る。
「ルイと私が守る限り、リノルアース様に万一のことはないでしょう。そして私が主のいる騎士へ戻れば、主の承諾なしの婚姻は結べない。それ以上に、私が王城に滞在するための方便、でしょうか。父のいない屋敷より、警備の整っている城の方が安全といえば安全ですし」
 そこまで説明されて、アドルバードは納得した。そしてルイも声には出さないものの、なるほどと言った顔をしている。
「賢いね、レイは。さすがというべきかな。その様子じゃ東の事情も知っているようだ。そこの坊主は教えなかっただろうに」
 微笑みだけで沈黙を守っていた国王が拍手しながらそう呟く。坊主、と言われたことにアドルバードはカチンとしながらも、事実なのでまったく言い返せない。
「東に関しては、ヘルダム様から忠告をいただきましたので」
「はぁ!?」
 寝耳に水な情報に、アドルバードは声をあげた。ルイは苦笑しながら目を逸らしている。ありえないことではないな、とでも思っているんだろう。
「アドルバード様にも言っておく、とおっしゃっていましたが、彼から君には言わないだろうからね。だそうです」
「あんにゃろう……」
 こちらに煽るだけ煽って、本人にもこっそりと言っているあたり性格が悪い。
「兄上は姉さんのこと気に入ってましたからねぇ」
 とルイがぽつりと呟くものだから、アドルバードとしては心穏やかではない。東にも南にも敵だらけか。自覚しているし、警戒もしているとはいえ、この婚約者のモテっぷりにはときどき困る。
「ですが、私はアドルバード様の婚約者として彼を裏切るわけにはまいりません。ここで騎士服を着れば、非難はすべてアドルバード様が浴びることになります」
 きっぱりと、そう言い切ったレイに国王は笑みを深めた。予想通りだとでも言いたげな目に、アドルバードは顔を顰める。
「それしきのことで折れるほど私の息子は弱くないがね。私とておまえたちをどうこうしようなんて考えていないよ。せっかくレイのような素敵な子が義娘になるんだし。リノルやアデルにはね、南の離宮を使ってもらおうと思ってるんだ。そこにレイも泊まり込むといいよ」
「南の離宮、ですか」
 リノルアースと王妃の名が出たことからも、国王さえ東の国を警戒していることが分かる。南の離宮は今はあまり使われていないが、何代か前の、病弱だった王妃のために作られた場所だ。日当たりもよく過ごしやすい。けれど城の中央からは離れているため、日常的には使われないことが多かった。
「理由なんていくらでもつけられる。君とアデルが共に過ごしていることでお妃教育の一環だ、と言えるからね。警護はディークに一任するから、君は好きな格好で過ごせばいいよ」
 好きな格好で、という言葉が妙に含みをもたせている。レイはため息を零して「そういうことですか」と呟いた。人目のない、そしてあるのは見知った騎士団だけの中ならば、ドレスを着ていようが騎士服を着ていようが関係ない。国王は動きやすい格好で、リノルや王妃を守れと言っているのだ。いや、王妃は余計か。王妃にはこの国の剣が傍らについているのだから。
「それは、それだけ私の腕が信用されている、ということでしょうか」
 レイは国王を見て問うた。その青い瞳を見つめて、国王は笑みを消す。
「私が真に信用しているのは、君たちバウアー家の人間だけだよ。剣の腕も、人としてもね」
 国王の言葉にレイは静かに頷き、そしてドレスであるがゆえに跪けないことを残念に思った。相変わらずこの国王は素晴らしい。
 レイはドレスの裾を少し持ち上げて、ゆっくりを腰を折る。
「光栄です、国王陛下」
 凛とした声は、静かに落ちる。
「アドルバード様と共にあるにあたり、私に足らないことは多くあると思います。その上で、王妃様より教えていただけることがあるのならば、よろこんでご指導いただきたく思います」
 それは、遠まわしな了承の言葉だった。
「ありがとう、レイ。助かるよ」
 ふわりと微笑む国王の顔は、レイの最愛の人の顔に似ていた。ああ、やはり親子だな、なんてレイも笑う。




「勝手な判断をしてしまって、申し訳ありません。アドル様」
 ずっと黙っていたアドルバードに、レイは苦笑しながらそう言う。アドルバードも同じように苦笑いを零して、「いいよ」と答えた。南の離宮は城の中といえば中にあるが、中央で生活し仕事しているアドルバードと会うことは容易くない。リノルアースの警護、という意味がついている限り、レイが自ら南の離宮から出ることはないだろう。
「俺も、おまえの安全が保障されている方が気が楽だ」
「私はそんなにか弱くないですよ」
「それはもちろんよく知ってるけど、俺が婚約者としておまえの心配をするのは別だろ」
 アドルバードの言葉に、レイは一瞬息を呑んだ。ルイは居たたまれない様子で目を逸らし、国王はくつくつと肩を震わせて笑いを堪えている。
「なんだよ真実だろうが!」
 自分でも恥ずかしいことを言った自覚がじわりと沸き上がったアドルバードは、八つ当たりのように父親に怒鳴る。その途端にはじけたように国王は笑い始めて、先程までの張りつめた空気はどこかへ消え去ってしまった。
「なんていうか、昔に増して周囲の目を気にしませんよね、アドル様は」
 はぁぁ、とため息を吐き出してルイが呟く。レイもフォローしてくれない。
「素直で何が悪い!」
「私としても少し周囲を確認していただきたいところなんですが」
 レイにまで追撃され、アドルバードはさすがに口籠もった。あう、と次の言葉を探して口をぱくぱくさせる。
「まぁ、それがアドル様と言えなくはないですけれど」
 少し恥ずかしそうにレイが微笑むので、アドルバードとしてはまぁいいかと片付けてしまう。誰にどう言われようが、彼女に嫌われないのならどうでもいい――なんて、そんなところもまるで変わっていない、というのは周囲の評価だった。




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