可憐な王子の結婚行進曲

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31:相手は顔には騙されてくれないのね



 野生の獣のような男だ。
 短く切りそろえられた髪は黒く、こちらを見る瞳は、鋭く険しい。日に焼けた肌は、政治をしているだけの王とは違うことを教えている。東の特徴ある服の上に、アドルバードのものに似た上着を着ていた。レナンド風の礼装なのだろう。衣服を着ていても分かるほど引き締まった身体をしていた。
 目が合うと、にやりと笑う。嫌な感じだ、とアドルバードは内心で顔を顰めた。表面上はにこやかに微笑み返すだけの余裕はある。どうも向こうからは格下と判断されたようだ。
「ようこそ、ハウゼンランドへ。お会いできたことを嬉しく思います」
 狸親父は国王の顔で挨拶をした。探るような目にも穏やかな微笑みを浮かべたままだ。
「私のような若輩者の訪問を受け入れてくださり、感謝しています。これからは良き隣人として、ハウゼンランドと良い関係を築いていきたいと存じます」
 堂々としながらも、礼儀正しいその姿に、父は彼の目から見て合格したらしい。やはり同類には同類のことが分かるのだろう。アドルバードからすれば、どちらも人の皮を被った狸だ。
「息子のアドルバードです。私のあとにはこの国を継ぐことになっております。どうぞよろしくお願いします」
 父からの紹介があった上で、アドルバードは礼をする。背が高くなったとはいえ細身であることには変わりない。顔つきも男らしいとは言えないので、舐められるだろうということは覚悟していた。
「アドルバード・ライオニア・アルト・ハウゼンランドと申します。未熟者ではありますが、どうぞお見知りおきを」
「お噂はかねがね。南国アルシザスとの同盟や、アヴィランテなどとの友好関係など、すべて王子の手によるものなのだとか。優秀なご子息がいて、ハウゼンランドの未来は安泰ですね」
 口調こそやわらかいものだが、どうも背筋に緊張のはしる声だ。戦場を駆け抜けたという自信に溢れた力強さがある。アドルバードは嫌な汗をかきながらも笑顔を作った。
「いえ、周囲の助力があってこそ出来たことです。私自身はたいした人間ではありません」
 出会う人々がいつも同じように賞賛するが、それは俺の功績として評価されるべきではないと思っている。俺一人で成し得たことなんて、もっと小さなことばかりだ。
「謙虚ですね。しかし王となるのであれば、謙虚さだけでは生きていけませんよ」
 獣のような目が、いつこちらの喉元に喰らいつこうかと様子を窺っている。アドルバードはにこりと笑って、真正面からその視線を受け止めた。
「謙虚などではなく、冷静に自分を見た結果での言葉です。己を過信する王もまた、良き王とは言えないのではないかと」
 ぴくりとレナンド王の眉が動いた。どうやら気に障ったらしい、とアドルバードは白々しく微笑みを浮かべたまま思う。
 レナンド王はそう言えば、とアドルバードとの会話を打ち切り、ハウゼンランド王へと顔を向けた。アドルバードの相手はしていられない、ということかもしれない。
「王子には双子の妹君がいらっしゃるとか。その美しさは我が王国まで届いておりますよ。朝露のように儚く、大輪の花のように艶やかな姫だと」
「噂というのはどんどん膨らんでいくものですからねぇ。確かにうちには可愛い姫がいますが、それは身内の欲目というもので。婚約中の身ですので、今は城内で大人しく花嫁修業しているんですよ」
 暗におまえには会わせない、という宣言だった。それは残念、と笑うレナンド王の目は笑っていない。
「城内の案内は息子を使って下さい。そう広い城ではありませんが」
 狸親父はそう笑って、やんわりと話題を打ち切った。






 城を案内しましょうか? アドルバードがそう申し出ると、レナンド王は「今日は疲れてしまったので、また後日」と微笑みながら去っていった。その後ろ姿を見送りつつ、警備している兵を捕まえて行動を少し注意するように、と念を押しておいた。アドルバードの目が届かないところで、城内を歩き回ることも考えられる。正直、レナンド王一人に好きに散策されてもいいほど、アドルバードも国王も彼を信用していない。
 さてそれなら、時間が余ったなとアドルバードは背筋を伸ばしながら思う。天井を仰ぎ見ながら、心の中で言い訳を考え南の離宮へと向かうことにした。


「あらアドルじゃない。お久しぶり」
 離宮へ入ってすぐに顔を合わせたのは、けろりとした様子で実に元気そうなリノルアースだった。
「おまえさ、もう少しくらい労いの言葉とかないのか?」
「あるわけないじゃない。アドル相手に」
 まぁ座ったら? とリノルアースが座る席の前を指差され、アドルバードはふぅ、とため息を零しながら腰を下ろした。離宮の中にある温室は、あちこちで花が咲き温かい。
「それで? レナンド王はどんな奴だったの?」
 ここで探りをいれてくるあたり、やはりリノルアースは詮索好きだ。問いかけてくる目が実に楽しげに輝いている。
「国を作り上げたってだけあって、まぁ力はありそうな人だったよ。こっちを見て品定めして、俺はあっさりと不合格だったらしい」
「それは残念。相手は顔には騙されてくれないのね」
「あのさリノル、それだと俺の価値を顔だけだって聞こえるんですけど……」
「そう言っているのよ?」
 にっこりと断言するリノルアースを直視できなくて、アドルバードはがっくりと項垂れた。
「……とにかく、体格もいいし、おまえがどうこう出来る相手じゃないから、興味本位で近づくなよ。言いつけどおり、離宮から出るな」
「ルイは私に勝てないわよ?」
「それは惚れた弱みだろ」
 というかルイが本気を出したら負けるはずがないのだから、手加減されているのだ。リノルアースもそこは自覚しているだろうに。
「それで、ルイは?」
 きょろきょろとあたりを見回しても、いるのはリノルアースだけだ。ルイには少しだけ用があった。
「レイは? って聞かないのね。まぁいいけど。城の書庫へ行ったレイに付き添ったわ。ディークに話があるらしくて」
「なっ……レイが離宮を出ているのか!? 出るなって言ってるのに!」
「レイは自衛できるからいいじゃない。それに今は男の格好だし」
「自衛できるとかの問題じゃない! あの男にレイを見せたくない!」
 なんか嫌だ! カルヴァよりも遥かに嫌だ! 暴れているアドルバードを見ながらリノルアースが呆れたようにため息を吐き出した。
「余裕のない男は嫌われるわよ?」
 まぁレイがあんたを嫌うことなんてないんでしょうけど。自分のことでいっぱいいっぱいになっているアドルバードには、リノルアースの声はまったく届いていなかった。



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