可憐な王子の結婚行進曲

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36:愚息がしょうもない喧嘩を買うから

 一枚上手だったのは、レナンド王でもなくレイでもなく、ハウゼンランド国王――つまりはアドルバードの父だった。
 呼びだされた一同――レイやリノルアースまで離宮から出てきている――は説明を受けるや否や、三者三様の反応を見せた。


「…………ぶとうかい?」


 アドルバードはぽかんとした顔で、父の口から出た言葉を繰り返す。
「それは、よくやっているというか、あのくるくる踊るやつですか?」
「舞踏会じゃなくて、武闘会。というか剣術大会かな」
「な、なんでまた!」
 昨日寝る前に思いついたんだ、なんてノリで!
 アドルバードが食いつくと、国王陛下はため息を零して呆れたように笑う。
「だって、愚息がしょうもない喧嘩を買うから」
「愚息言うな」
「愚息でしょ。正々堂々レイを巡って決闘なんてされても醜聞だし、それならいっそお祭りにでもしてしまえばいいかなってね。国でやっている剣術大会にレナンド王が参加――ならそう無理のある話でもないし」
 何より面白そうだしね? と笑う国王に、アドルバードの顔はひきつった。
「……経緯は別として、純粋に腕試しとしては興味があります」
 意外にも乗り気なのはレイだった。腕に覚えはあるものの、女という理由からこういった行事には参加しにくいのだ。
「もちろんルイにも参加していただくよ? 来賓としてね」
 ヴィルハザード様? とにっこりと笑う国王に、ルイは顔を引きつらせた。『ルイ』であり『ヴィルハザード』を上手く使っている人間代表と言ってもいいのではないだろうか。
「レイも、参加したいならするといい。最後の機会だろうしね」
「しかし……」
 よいのですか、とレイ躊躇う。国王の妻となる身であるから、今まで立派な淑女たるように振る舞っていたのだ。騎士であったという異例の過去を拭うように。
「なに、お遊びの延長なんだから、気にすることはないよ。それにむさくるしい男だけより、一輪でも花があったほうが楽しいだろう?」
「……花としての役割を果たせるかはわかりませんが、それなら、参加させていただきたく存じます」
 充分すぎるくらいの花だ、とアドルバードはこそりとため息を吐き出した。騎士であった頃から、レイは誰よりも目を引く美貌を持っていたのだから。男装ですら隠しきれなかったものだ、髪も伸び、女性であることを堂々と公言している今は、なおさら――。婚約者としては気が気じゃない。
「って、俺を無視して参加とか決めるのもどうかと思うんですが」
「婚約者の許可が必要でしたか?」
 そんなこと確認するまでもないと思っていた。そんな顔をされると、何も言えなくなってしまうのがアドルバードだ。惚れた手前、狭量な男だとも思われたくない。そもそも話を勝手に進められているのが気に食わなかっただけなのだ。
「……必要ない、けど」
「あはは、アドルはレイに負けるのが怖いんだよ」
 言葉を濁す息子を見て、国王は楽しげに笑う。本当に、この父は息子に対して愛があるのだろうかと疑わしくなる。玩具か何かと勘違いしていないか。
「騎士団にも声をかける。日数としても余裕はないから、開催は明後日。あの人にいつまでも滞在されても面倒だしね」
 きっぱりと言い切るあたり、手配は済んでいるのだろう。そういうところだけはさすが国王、と言える。
「ディークも出たいと騒いでいたけど、さすがに彼が出ると参加者が減るからねぇ。大人しくしているように命じておいた」
「……そうですね」
 レイもなんとも言えない表情で頷く。剣聖と呼ばれるディークの腕を知らない者はいない。彼が参加すれば、必然的に優勝は決まったようなものだ。そうと分かって参加する者はいないだろう。まして間違ってディークと対戦することになったら――考えるだけでも嫌だ。
「それで、優勝した者には?」
 他の参加者も募るのだ。まさか『レイを取りあう』なんて理由を堂々と掲げるわけにもいかないし、まったく何も無しというのもあんまりだ。
「ハウゼンランド国王の権限で出来る範囲の願いを叶える、という太っ腹ものだよ」
「なっ……」
 どえらいことを、胸を張って言うので、アドルバードは一瞬言葉を失った。口をぱくぱくさせたあとで――渾身の力を込めて怒鳴った。
「あ、アホか! 何言われるか分かったもんじゃないだろう!!」
「だから、君が優勝すればいいんだよ、アドルバード。君なら馬鹿な願いなんてしないだろう? まぁ一応優勝候補としてはレイもルイもいるけど、そっちも問題ないだろうし」
 つまりは三人のうちの誰かが必ず優勝しろ、と言っているのだ。レイやルイは、実力的にも無理はない。けれどアドルバードは――悔しいことに、二人よりは剣の腕は劣っている。もちろんその差を埋めるべく、日々努力はしているのだが。
「筋書きとしては、王子の優勝が一番だよね。可愛らしいイメージが強かったから、ここで払拭しておいた方があとあとのためにもいい」
「勝負となれば、手加減はしませんよ?」
 黙っていたルイがそう告げると、国王は「もちろん」と笑った。
「手加減する必要はない。そんなもの、分かる人には分かっちゃうしね。君たちも最近は堅苦しいことばかりだったんだ、発散してきなさい」
 そう微笑む姿が、少しだけ優しさを帯びていたので、アドルバードはこれも父なりの愛情表現なのだろうか、と思ってしまった。愛情三割、面白さ七割だ、と自分に言い聞かせる。
「誰がレナンド王に当たるかは分からないけど、容赦しなくていい。叩きのめしなさい」
 背筋が凍りつくほどに低い国王の声に、三人は言葉を失った。笑顔なのに、笑顔に見えない。その姿は本気で怒っている時のリノルアースに似ている。


 ――そう、国王も相当頭にきているらしい。


「……当たり前だろ、あんな奴にレイをやるか」
「同感ですね」
 アドルバードが口を開くと、ルイも頷いて同意する。二人がちらりとレイを見ると、当の本人である彼女は顔色一つ変えていなかった。
「もとより負けるつもりはありませんが――対戦できるのであれば、楽しみですね?」
 腕の立つ人間である、ということは確かなので、レイにしてみれば純粋に勝負として楽しみらしい。
 危機感がないともとれる発言に、アドルバードは少し気が抜けた。レイらしいといえばレイらしい。



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