可憐な王子の結婚行進曲

PREV | NEXT | INDEX

39:私をしあわせにしてください



 決定した勝者を見て、ハウゼンランドの人々は「ああなるほど」と納得するばかりだった。なんせあの美しい婚約者が、王子を長年護り続けてきたのだから。
 レナンド王は、レイに負けた瞬間から、少し呆けているようだった。勢いに乗っていただけに、ここでまさか異国の女に負かされるとは思ってもみなかったのだろう。パチパチパチ、とハウゼンランドの国王陛下はにこやかに拍手を送った。
「おめでとう、レイ・バウアー。さすがは未来の我が義娘」
 息子には一言もないのかよ、とアドルバードは内心で毒づいた。レイは膝をつき、騎士であった頃のように頭を下げる。
「お褒めのお言葉、光栄です。国王陛下」
「さて、君は勝者として何を望むのかな」
 にこりと笑う国王を見上げ、レイは微笑んだ。晴れ晴れとしたその顔に、アドルバードは隣にいながら見惚れていた。ドレス姿じゃない、戦い、汚れた姿だというのにいつも以上に美しい。
「はい、陛下」
 願いを口にするというのに、レイには乞うようなそぶりがない。何を言うのだろうと誰もが固唾を飲み見守る中、レイは口を開いた。
「私が陛下に願うことは、ありません。あるとすれば、殿下にひとつ、願いたいことがあります」
「言ってみるといい」
 レイ膝をついたまま、隣に立つアドルバードを見上げた。ふわりと微笑む姿は、うつくしいというよりも可愛らしさを滲ませている。
 ――この一瞬で、どれだけ惚れ直させるつもりだよ。
 アドルバードは苦笑いを零し、レイを見下ろす。
「アドルバード様」
「……なんだ」


「どうか、私をしあわせにしてください」


 その時のレイの顔といったら。
 アドルバードはこの場が公衆の面前でなければ、崩れ落ちていただろう。今だって、顔が赤くなっていないか心配なくらいなのに。
「もちろん、約束する」
 そう言いながらアドルバードは手を差し伸べて、レイを立ち上がらせる。周囲の者たちは二人が立ち並ぶその姿を見て、また納得するのだ。この二人は、ああして隣にあるのがとてもお似合いだ、と。
 そしてアドルバードはレナンド王を振り返り、胸を張って宣言する。
「彼女が欲しければ、どうぞ、彼女に勝てるだけの腕をもってきてください。もっとも、その前に今度は私が立ちふさがりますが」
「……それは、楽しみですな」
 ふ、とレナンド王は笑みを零した。しかし、と続ける。
「強い女は好きですが、尻にしかれるのはごめんだ」
 ――それは俺が尻にしかれていると?
 アドルバードは思わず顔を引きつらせたが、国王が終わりを告げると、騒々しい武闘会は幕を閉じた。





「おめでとうレイ! ちょっと予想通りで面白くないといえば面白くないのだけど」
 にっこりと嬉しそうに笑うリノルアースに、レイはありがとうございます、と律儀に返していた。
「俺としては一応アドル様を応援したんですけどね」
「悪かったな負けて!」
「どうせ姉さんに勝てないってことは周知の事実ですから、今さらですよ」
「……ルイ、おまえ最近口悪くなってないか」
 特に俺に対して。
「さぁ、恋人に似たんですかね」
 くすりと笑いながらルイが答える。恋人同士、似てくると言いますし、と。しかしそれを聞き逃すようなリノルアースではない。
「あら、それは私のことかしら? それって褒めてないわよねぇ?」
「気のせいですよ、リノル様」
「それともなに? 私の他に影響を受けるような女でもいるってことかしら?」
「……断じてそんなことはありえませんから、その、睨むの止めていただけますか」
 やはりルイはあくまでルイだ。リノルアースに詰め寄られて逃げ腰になっているあたり、まるで変わっていない。
「そういえば、本当にあれでよかったのか?」
 ずっと黙ったままのレイに、アドルバードが問いかける。優勝者に与えられた、国王がなんでも願いを叶えるという権限。
「あれで、というのは心外ですね。アドル様はこれからたくさん頑張っていただきたいところなんですが」
「いや、そりゃもちろん頑張るけども。なんていうか、俺にとって当たり前のことだしさ。もう少し欲張りになってもいいんじゃないかなーと」
 あの狸親父が珍しく気前のいいことを言ったんだから。
 しかしレイはくすりと微笑んで、充分ですよと答える。
「あの場で、私があなたの婚約者であると大声で主張したようなものですから。そして陛下はそれを認めた。これでまぁ反対派の方々は少し静かになるでしょうね」
 清々しいまでのレイの表情に、アドルバードは眩暈がした。個人的に感動的だった『お願い』だけあって、そんな裏があるとは考えていなかったのだ。悲しいような、きちんと自分たちのことを考えていてくれて嬉しいような、複雑な気分である。
「こうして本当に優勝しちゃうような人、欲しがる人はそういないでしょうねぇ。男って変にプライド高いじゃなーい? 自分の女に負けるなんてって奴ばっかりだもの」
 うまいことやったわよねぇ、と国王とレイを遠まわしに褒めつつ、リノルアースはルイいじりに飽きたのかソファに腰を下ろした。
「え、別に俺気にしないけど」
 そもそもレイが強いのは昔からだ。そしてそれが、彼女の魅力でもあるのだから気にする方がおかしい。
「そこがアドルの変なところよねぇ」
 頬に手を添えながら、ふぅとため息を零す様は実にかわいらしいのだが――変と称されるのは心外だ。


「だって、レイがどんなに強くても俺にとっては綺麗で可愛くて守りたい存在だってことは、変わらないだろ?」


 ――あれ、俺おかしなこと言った?
 リノルアースは目をまんまるにして、ルイは口を開けて、レイにいたっては顔を手で隠してしてまっているので様子がうかがえない。しかし部屋の中はしんと静まり返っていた。
「……あんたって……本当に時々とんでもない爆弾を落とすのね!」
 数拍のち、リノルアースがどっと笑い始める。ルイは呆れているようなある意味で尊敬しているような顔でアドルバードを見つめている。
「ば、爆弾って! 別に変なこと言ってないだろ!?」
「いえ、その、素ではなかなか言えないセリフだと思います。こういう時アドル様って王子なんだなぁ、と思いますよ……」
 俺はとても言えないです、とルイがぽつりと零した。アドルバードとしてはそんなに驚かれることなのか分からず、黙り込んだままの婚約者に目を向ける。
「あ、あの、レイさん……?」
 おずおずと近寄ると、レイはすかさずアドルバードに背を向けた。
 ――そんなに嫌ですか!?
「いくらなんでも、かわいいとか、そういうのは、身内の欲目というか……その」
 小さく呟かれた言葉に、アドルバードはもしかして、とレイを後ろから抱きしめつつ顔を覗き込む。
「レイ、照れてる?」
「当たり前でしょう! おっしゃった本人はどれだけ恥ずかしいことを言ったか自覚していないんですか!?」
 観念したのかアドルバードを見上げるレイの顔は、ほんのりと赤い。うわ、かわいい、という感想が浮かぶのも当然というものだ。




「……ちょっと、いちゃいちゃすんのやめてくれない」
「リノル様、たぶん聞こえていないと思います……」


PREV | NEXT | INDEX
Copyright (c) 2012 hajime aoyagi All rights reserved.
inserted by FC2 system