可憐な王子の結婚行進曲

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4:ご褒美よろしく



「レイ様」


 家に戻ろうと城の中のを歩いていたところ、背後から話しかけられた。振り返ればそこにいたのはアドルバードの侍女のニーナだ。レイ自身もよく知っている。
「……ニーナ。あまり改まった話し方をされると違和感があるんだが」
「嫌ですわぁ、だって未来の王妃様にまっさか今までのように接しろという方が無理あると思いませんこと?」
 ころころと笑いながら以前と変わらぬ態度で話し始めるニーナに、レイは思わずため息を零す。
「それで、何か?」
「レイ様ってばせっかくお綺麗にしてるのに口調はそのままですのねー。それでは侍女や女官のファンからの人気は衰えませんよ?」
「……何か用があったのでは?」
 とりあえず話が終わらないので無視する。
「はーい、こちら、アドルバード様からお預かりして参りました」
 レイを怒らせると怖いということはそこそこ長い付き合いのニーナは熟知している。引き際は見事と言うべきか。
 差し出された封筒に、レイは思わず微笑む。


 ――リノル様から、何か入れ知恵でもされたかな。


「ありがとう」
 素直に受け取って、封を切る。この場合はすぐ読んだ方がいいんだろうと判断した。
 案の定、手紙はそれほど長いものではなかった。些細なことでもいいから連絡くらいはとりなさい、とアドルバードに説教しているリノルアースの姿が想像できて苦笑する。
 ほんの数行しか書かれていない手紙に、それでも満たされるような気持ちになるのは――リノルアースの策略にハマってしまっているということなのだろうか。


『会いたいけど、また怒らせたんじゃ立場ないからそこそこ頑張る。おまえは少し頑張り過ぎ』


 反省はしているんだろうと分かる文面に、やっぱり少し怒り過ぎたかもしれないな、なんて甘い結論が生まれそうになる。
『近々ドレスを作るって聞いたけど、できたら――俺もその時一緒にいたいです。そのうち俺からもドレス贈りたいんだけど、駄目かな』
 贈り物、というあたりもリノルアースの発案だろうか。ドレスなんてそれほど持っていなかったから、今現在は急ぎで作らせている。ハウゼンランドの一般女性よりも背の高いレイは既製品だと合わないのだ。




『最後に。頑張るからご褒美よろしく』




 最後の一文に、思わず笑ってしまった。
 大人しくレイが読み終わるまで待っていたニーナが呆れた顔でため息を吐き出す。
「……王子はなんと?」
 また馬鹿なことでもしたんでしょうか? と問いかけてくるあたり、アドルバードの威厳は欠片もないのではないだろうかとレイは心配になった。
「なんてないことですよ」
 くすくすと笑いながらレイは答える。
「了解しました、とだけお伝えして」
「あら、それだけですか?」
「充分だよ」
 あとは一応返事を書くから、と言うとニーナも納得した様子で去って行った。
 その背中を見送って、さて、とレイも歩き出す。城門の外に馬車を待たせているはずだから行かなければならない。騎士だった頃は騎士団の宿舎に部屋があったし、アドルバードの部屋の隣で控えているのが常だったが――今となってはどちらも使うわけにはいかない。今は王都にあるバウアー家の別邸を使っている。普段あまりにも使わないので住む環境を整えるだけで時間がかかったが。
 領地にある本邸からマーサが来てくれている。あまり帰りが遅いと心配かけてしまう。









「姉さん?」


 するとまた呼びとめられた。
 どうしたものかな、と苦笑する。
「何か御用でしょうか? ヴィルハザード様」
 振り返りながらそう言うと、声をかけた主は――ルイは心底嫌そうな顔をしていた。
「随分な顔だな」
 苦笑すると、当たり前でしょう、と拗ねたような声でルイが答える。
「姉にそんな他人行儀な態度とられたら複雑な気分にもなります。リノル様も時々いやがらせのようにそっちの名前を使ってくるし」
「意識させようとしてるんだろう。おまえはもう騎士じゃないんだから」
 事実、レイはバウアー家の別邸を使っているが――ルイは城の迎賓館に部屋を用意されている。国王陛下は「形だけでもちゃんとしないとね」と笑っていただけだから、ルイがバウアー家に戻っても文句は言わないだろうが。
 しかし逃げ道を塞ぐように父であるディークが「自分で選んだ道だ。帰って来るな」と一喝してしまった。
「それで、今から帰るところですか?」
「ああ、馬車を待たせてるから行かないと」
 自分で馬に乗った方が速いのに、と思いつつ口には出さない。少なくとも婚約が決まったばかりの今、レイ・バウアーの価値を下げるような真似だけはするわけにはいかない。
「引きとめてすみません。最近は俺もあまり会っていなかったから」
「……そうだな。リノル様と会うのが少し多いくらいだから」
 それも授業が同じだったりするだけで。おそらくリノルアースの厚意なのだろう。姫の教育係は皆優秀な人達ばかりだから。


「……余計な、お世話かもしれませんけど」
 ルイがおずおずと少し躊躇うように口を開く。
「あの後、アドル様は真面目に仕事してましたよ?」


 まったく。


 思わずまた笑みが零れる。
 周囲から見て、そんなに危ういのだろうか、自分たちは。


「大丈夫だよ」


 信じているから、とまでは口にしない。けれど何か弟には伝わってしまったのだろうか――ルイは少し照れたように「失礼しました」と苦笑する。
「じゃあ、気をつけて」
 待たせてるんでしょう? と言われて、外で待たせたままの馬車の存在を忘れていた。やはり時間が自由にならない点からいっても馬車は不便だ。
「おまえも、人のことばかり気にかけてないでリノル様のことを大事にしろ」
 去り際に一言添えると、ルイは「言われなくても」と心外そうな顔をした。その様子からしてあちらも大丈夫なんだな、と少し安堵する。
 じゃあ、と挨拶して急ぐ。人を待たせるのは性に合わない。









「悪い、待たせた」
 御者にそう言いながら馬車に入ると、「いいえ」と微笑まれる。父と大して年の変わらないこの使用人は、それこそ私もルイも小さな頃から知っている。
 乗り込むと、タイミングを見計らったように馬車が動き出す。
 小さな窓から見える外はすぐに速度を上げていって――肌に風を感じながら駆ける方がいいのに、と思った。
 コルセットも美しいドレスも華奢なヒールも。
 どれも望んだものではない。必要なものだという認識があるだけで。
 腰に剣の重みのないことには未だに慣れないでいる。どこか不安定で安心しないのだ。もちろん護身用に、と短剣は常に忍ばせてはいるけれど。




 『女』になってしまったことが、少し惜しいなんて。




 そんなことあの人に漏らしたら、傷つけてしまうだろうか。


 ぼんやりと考えている視界の端で、早馬が馬車とすれ違った。
 見えたのは一瞬だけだったが、騎士団の制服だったようだ。どこかの領地からの知らせだろうか――なんて、もう関係のないことをまた考えている。
 癖だな、なんてかつての自分をどこか羨んでいることにわざと気づかないふりをした。







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