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君と魔法のキャンディ


 私には魔法の飴がある。

 もし、もう一度その日をやり直したいのなら。
 一日の終わる時に、ゆっくりゆっくりと飴を口の中で溶かして。
 すべて溶けてから眠るといい。

 そうすれば、また同じ日が君にやってくるよ。



「ルー」
 お気に入りの桃色のワンピース。ふわふわで絡みやすい猫っ毛の金髪は念入りに櫛で梳かした。
 昨日より――ずっと可愛いだろうと納得した自分の姿。
「何か用? ジーナ」
 振り返ったのは黒髪の少年だ。一年前にこの村にやって来てからずっと友達のルー。村の外れにおじいちゃんと一緒に住んでいる。
「あのね、今日一緒に西の野原まで行こうよ。最近全然ルーかまってくれないし」
「昨日遊んだばかりじゃないか。ごめんねジーナ。今日はどうしても外せない用事があるから」
 ――そりゃ、ルーにしてみれば『昨日』なんだろうけど。
 私は何度も何度もお願いしてるのに、ルーは『今日』私と一緒に過ごしてくれない。
 これで十回目の挫折。
「ルーのケチ」
 そう言いながらルーの背中を見送るのもこれで十回目。馬鹿ルーめ、どうして私がこんなに必死に誘ってるのか全然分かってないんだから。
 『明日』は何色の服にしよう。髪型を変えてみようか。それとも北の湖に行こうって誘えばいい? でもそれは確か五回目の時に言ったしなぁ。
 どうすればルーは「うん」って言ってくれるだろう?


 私には魔法の飴がある。
 夜眠る前に舐めると、次の日がやってこない。同じ日が始まる――そんな不思議な飴玉。
 小さな瓶に詰められたそれはもう残りわずか。飴玉をくれた魔法使いは気まぐれで、村にいたりいなかったり。捕まえようと思っても捕まえられる人じゃない。
 だからもう失敗は出来ない。
 どうしても『今日』じゃなきゃ駄目。一年前にルーと出会った日。
 だからルーと二人でお祝いしたいのに。ルーは何度誘っても頷いてはくれない。

 ――――ねぇ、どうして?

 その日の夜に最後の飴を口に入れた。
 甘い甘い飴はゆっくりと口の中で溶けていく。


 神様お願いです。
 『明日』のルーは頷いてくれますように。



「ごめんねジーナ。今日は用事があるんだ」

 水玉のワンピース。今日は早めに起きてお母さんに髪を結ってもらった。
 それでもルーの返事はいつもどおり。
 ワンピースの裾をぎゅっと握りしめた。悔しくて悲しくて目が熱くなる。
「……ルーの馬鹿っ!!」
 ルーは忘れちゃったの。一年前の今日に私たちは会ったんだよ。
 だから『今日』は二人で笑いながら過ごしたかったのに。



 家まで脇目も振らずに走った。
 綺麗に結ってもらった髪はぐちゃぐちゃになって、ワンピースは皺だらけだ。こんな私は可愛くない。
 家に籠って泣こう。
 そう思ったら壁にぶつかった。
「おっと」
 そのまま転びそうになった私を大きな手が受け止めた。泣きながら驚いて見上げると、ぶつかったのは壁じゃなくて人だった。
 真っ黒い服を着て、真っ黒な髪の魔法使い。
「――――あ」
 天の助けだ。
 そう思うと涙は止まった。
「ようお穣ちゃん。どうした?」
 煙草をくわえながら魔法使いは笑う。大人は信用できない人間だって言うけれど、魔法使いの魔法は本当はすごい。
「……お願いっ!」
 魔法使いの真っ黒な服を掴んで叫ぶ。
「あの魔法の飴をちょうだいっ! お願い!」
 魔法使いは「魔法の飴?」と呟いて首を傾げる。しばらく空を見上げて「ああ」と頷いた。
「あれか。なんだおまえ、もうあれ全部使ったのか?」
「そうなの、もうないの! でも絶対私は今日がいい!」
 今日、ルーと一緒にいなきゃ。
 それだけが私の望みなのに。
「おまえなぁ……」
 魔法使いは呆れたように頭を掻いた。煙草の煙がぷかぷかと空へと浮かんで消えていく。
「世の中には変えられることと、変えられないことがあるんだよ。何度やっても結果が同じならこれからいくらやったって無理だ。諦めろ」
 ぽんぽんと頭を撫でられて、苛立つ。
 だって、そうだと分かっていてもどうしても『今日』が良かったんだもの。
「そんなに明日を嫌がらなくたって、良いことがあるかもしれないぞ?」
 諭すような言葉にイライラは大きくなるばかりだ。
「もういいっ! 役立たず!」


 だってだってだって。
 私には特別な日だったんだもの。
 そんなことも分からないルーなんて大嫌い。協力してくれない魔法使いはもっと嫌い。



 それから家で泣きわめいて、暴れて暴れて暴れて――疲れ果てて寝てしまった。
 明日を追い返す魔法の飴はもうない。
 深く眠った私を待っているのは、ようやくやってきた『明日』だ。
「ジーナっ! 起きなさい、いつまで寝てるの」
 久し振りのお母さんの叫び声が階下から聞こえた。『昨日』の私は張り切って早起きし続けていたから、妙に懐かしく感じる。
「……お母さん、今日何日?」
 そう問うと、まだ寝ぼけてるのと笑われて、予想通りの答えが返ってくる。ずっと追い返し続けた『明日』になっていた。
 ルーと出会った記念の日は過ぎてしまった。
 もうヤダ。ルーとは喧嘩したような感じで別れてしまったし、顔も合わせずらい。たくさん泣いたせいでどこか顔は腫れぼったいし、髪は相変わらずぼさぼさだ。
 むす、と不機嫌な顔で私は朝ごはんに手を伸ばした。
「ジーナ!!」
 そんな不機嫌な私のことなど知らず、外からルーのはしゃぐ声が聞こえた。
「早く来て! やっと咲いたんだ!」
 ぼさぼさの髪を手で押さえつけ、窓から顔を出す。
「ルー! なんなの朝から!」
「なんだ、今起きたの? 早く着替えておいでよ。見せたいものがあるんだ」
 あのね、私怒ってるのよ?
 そう言おうとしたのに、ルーがあんまりにも嬉しそうだからそんな言葉はどこかへ吹き飛んでしまった。
「ちょっと待ってて。着替えてくる」




「ジーナ、これだよ」
 ルーが住んでいる家の近く、村はずれの森の中へ行くとそこには黄色くて小さな花が咲き乱れていた。
「……すごい」
 ふわふわとした花弁はとても可愛らしく、その場所は一面黄色に染まっていた。
「本当は秋に咲く花らしいんだけど、魔法使いに薬をもらったんだ。ジーナに見せてあげたくて」
 ほら、とルーは一輪花を摘み取って差し出してくる。
「ジーナの髪にそっくりだなって。そう思って」
 ふわふわの、黄色い花。ふわふわの、くせっ毛の金髪。
「昨日に間に合えばよかったんだけど、なかなか咲かなくて。今朝一斉に咲き始めたんだ」
 ごめんね、とルーは少しだけ残念そうに笑う。
 なんだ、ルーだって覚えていたんだ。
 それでも私の誘いを断っていたのは、この花が咲いたその瞬間に私をここへ連れてきたかったからなんだ。


――そんなに明日を嫌がらなくたって、良いことがあるかもしれないぞ?


 本当だね、魔法使い。
 もしかしてあなたは分かっていたの?

 嬉しさで涙が出てきた。
 けれどそれよりも先にルーを見つめて笑った。言わなきゃいけないことがある。

「ありがとう、ルー」


 私、ルーに会えて良かったよ。


 魔法の飴はもう必要ない。
 流れる時間を止めても変わらないものがあるんだ。
 望み通りの未来じゃなくても、予想以上の幸せが待っているかもしれないって。

 私はもう、知っているから。

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