幸福な花嫁


「あんな男のどこが良かったの?」
 それは、シェリスネイアとウィルザードの結婚初夜のことである。男たちが酒を酌み交わしている中、女性陣は女性陣でお茶とお菓子を用意して楽しくおしゃべりしていた。
 そんな中、リノルアースが至極真剣な顔でシェリスネイアに問うたのである。
「それは、もしかしてウィルザードのことかしら?」
「もしかしなくてもソレよ」
 首を傾げるシェリスネイアに、びしっとリノルアースが言い切った。
「よりどりみどりなあんたが選んだにしては、随分と地味で貧層な男だと思うわよ? 見た目だってすごく良いってわけでもないし」
 ねぇ? と同意を求められたレイは苦笑するだけだ。正直こういうおしゃべりはあまり得意ではない。
「それを言うのでしたら、あなただってそうですわ。見目は悪いわけではありませんけど、どうしてお兄様なのかしら?」
 仕返しのようにシェリスネイアに問い詰められて、リノルアースは「う」と口籠もった。
 シェリスネイアは誇らしげに紅茶を口にする。今の彼女はアヴィランテとは造りの違うドレスも、なんなく着こなせるようになっていた。
「ルイは――……大事なところで私を甘やかさないもの。私の顔だけじゃなく、性格までちゃんと見ていてくれてるわ」
 リノルアースが少し照れくさそうにぽつりぽつりと言葉を零す。「だから、好きなのよ」とその言葉に続く先までは口にしなかったが。
「……真面目に話されたら、私まで言わなくてはいけない気がしますわ」
「そうよ。追いこむために言ってるんだもの。さ、白状しなさい!」
 一日疲れただろうに、楽しげに会話する二人を眺めながらレイは紅茶を飲む。こういった色恋沙汰の会話は傍観するのが一番だ。
「……あの人は、贅沢な夢を見せてくれたんです。その夢を現実にしてくれましたわ」
 争いのない暮らしがしたい。ただ平和に、日々をささやかな幸せで満たして過ごしたい。そんな当たり前で優しい夢を、ウィルザードはシェリスネイアに与えた。
「人からすれば、愚かな選択かもしれません。けれど私には、現実味がないくらいに贅沢な生活ですもの」
 穏やかに微笑むシェリスネイアに、リノルアースも微笑み返した。
「さてレイは――と聞きたいところだけど、まぁ分かりきってるものね」
 矛先がレイに向かいかけたが、リノルアースはあっさりとその矛先をしまった。レイは微笑むだけで何も言わない。
「あら、それにアドルバード王子は良い方だと思いますわ。あなたの兄君とは思えないくらい」
「それは喧嘩を売ってるのかしら、シェリー?」
  じゃらけあいのような会話を楽しむ二人をレイが止める。
「そろそろお開きにしましょう。花嫁がこんなところでいつまでも油を売っているわけにもいかないでしょう」
 気がつけば三人がこうして話し始めてからだいぶ経っていた。男よりも身支度のかかる女はいいかげん解散するべきである。
「そうみたいね」
 ふぅ、とリノルアースがため息を吐き出し、すっと立ち上がる。
「それじゃあシェリー。お幸せに」

 そう言い残した時のリノルアースの微笑みは、大輪の花すらもかすむほどに美しかった。そしてその言葉に微笑み返す花嫁は、この世で一番幸せそうな顔をしていた。

   

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