猫とバレンタイン


「あきは、チョコほしい。手作りの」

 ちらちらと雪が降ったりやんだりの季節、豆まきも終わったあとにやってくるイベントといえば、バレンタインですよね、はい。
 翠くんは恥ずかしげもなくチョコを要求してくる。まさかあたしが忘れてるとか思っているかな。……思っているんだろうな。
「翠くん知らないの? 猫はチョコ食べちゃダメなんだよ?」
「……あきは、逃げるとき猫ネタ使うのやめようか」

 ……おおう。バレてら。

 猫扱いすると不機嫌になる翠くんだったけど、最近はスルースキルを強化している。しかも自分に都合いいときは猫っぽく振舞うから性質が悪い。あたしはまたも悪い男にひっかかったのかもな。
 いやいやしかし翠くんは今受験生だし、正直、スルーできるならスルーしてしまおうかな、なんて考えていたよ。バレンタイン。卑怯じゃないかって? いいじゃないか卑怯でも。だって翠くん強いんだもん手ごわいんだもん。
 それに、ねぇ?
「う、だって、その。……重くない? 手作りチョコって」
「……誰に言われたの、ソレ」
 ぎゅむりと翠くんがあたしの両頬をつねる。
「みどりひゅん、いひゃい」
「誰に、言われたの、そんなこと」
 一言一言強調して言ってくる。こわいこわい翠くん目が笑ってなくてこわい。
「……元カレとか?」
 言葉を濁したくても元カレって濁せないよね! ね! オブラートに包みようがないよね!
 案の定翠くんの目は細められる。こわいよだから! 元カレの話をすると機嫌悪くなるから嫌なのに!
「……………ガトーショコラ食べたい。チョコブラウニーも。フォンダンショコラも。生チョコも。クッキーもほしい。全部あきはが作ったやつじゃなきゃダメだからね」
 しかし翠くんはぎゅうとあたしに抱き着いて、そんなわがままを口にした。
 思いつく限りのチョコのお菓子を言ったんだろうな、と思うとかわいくてくすくすと笑みがこぼれる。
「……ふふ、わがままだなぁ。翠くんは」
 翠くんの髪を撫でる。ああ、なんてさらさら。
 手作りなんて重たいチョコも、翠くんは要求しちゃうの。すっごく重くなるかもしれないよ?

「……つくって?」

 上目使いでトドメをさしに来る猫に、あたしは笑う。

「はいはい」

 さてさて、今すぐ作れそうなものはなんだろうな。なんとなく買ってしまった板チョコの存在を思い出しながら、あたしは今日もかわいい猫に翻弄されてる。

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