50title For you(さくらしべふる/白妙・有仁)

君はいつも笑ってる

 白妙は、あまり人に弱いところを見せたがらない。

 にこにこと笑って、白妙は里の中を動き回っていた。その姿をじぃっと見つめながら、有仁は小さく溜息を吐き出した。
 季節は春の終わり。里の山桜もほぼ散ってしまい、気温もじわりじわりと高くなってきた。
「白妙、こっちのもお願いできるかい」
「はいはい! 今いくね」
 呼ばれた先へ行こうと振り返った白妙の前に、有仁は立ちふさがった。行き先を封じられて、白妙はきょとんと目を丸くした。
「有仁? ごめん、どいてくれる?」
 ふわりと笑いながら白妙は首を傾げる。周囲の里人は「なんだなんだ」と面白げに見ていた。先日求婚をすませ、祝言の日取りまで間もなくという頃合いの若い二人を、大人たちはからかいたくてしかたないのだ。
「白妙、怪我しているでしょ」
 有仁が静かに告げると、白妙の笑顔がぎこちなくなる。図星だ。
「して、ないよ?」
 誤魔化すように有仁から目を逸らすので、有仁ははぁああ、と深い溜息を吐き出して白妙を抱き上げる。身長は白妙を数センチ上回るようになった。剣の稽古を欠かさずに行うようになった有仁には、白妙を抱き上げることなど容易い。
「あ、有仁! 有仁! おろして!」
 わたわたと慌てる白妙の姿に、里人は「しょうがない子だねぇ」と苦笑しながら二人を見送った。
「でもまぁ、有仁が気づいてくれるからよかった。白妙は隠すのがうまいからね」


 家まで連れて帰り、白妙がむすっと不機嫌そうなのを無視して有仁は右腕を看る。思ったとおり、腫れていた。
「どうして黙っているの」
「だって、心配するほどのことじゃないもの。すぐ治るし、あとでちゃんと手当しようと……」
「あとで、じゃ駄目だよ。手当しないで無理すればもっと悪くなる。白妙だってわからないわけじゃないだろ」
 白妙の腕に軟膏を塗り、包帯を巻きながら有仁は怒る。有仁は、怒鳴ったりしない。ただ静かに、ひそかに燃える青い焔のように、怒る。
「痛いのに、誤魔化すみたいに笑わない。白妙は何かあるとそうやって笑って隠す癖がある」
「……心配かけたくないんだもの」
「みんなは甘えてほしいって言うと思うけど」
「有仁も?」
「当たり前だろ」
 即答すると、白妙は一瞬顔を赤く染めて、そして「へへ」と嬉しそうに笑った。その笑顔に、有仁も絆されそうになるが――。
「白妙、俺怒ってるんだけど」
「うん、ごめんなさい」
 謝っているけれど、そのしまりのない顔はしあわせを噛みしめているようで、有仁も黙りこむ。
 白妙はいつも笑っている。痛いときや、苦しいときはなおさらそのことを隠すように。それは、幼い頃から甘え下手の彼女の癖なのだ。
 まぁ、いいかと有仁は胸のうちにためていた文句を飲み込んだ。
 彼女の異変に、誰よりも自分が敏感になればいいだけのことなのだ、と。
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