50title For you(平凡皇女/ジュード・パリス)

君からもらった宝物


 水を張った器の中で、赤い花冠が誇らしげにそのうつくしさを見せつけてくる。
 ジュードからの贈り物は、今も続いていた。
「マメな方ですよねぇ」
 にこにこと嬉しそうなアイラに、パリスメイアはいたたまれなくなる。
 ジュード・ロイスタニアが皇女パリスメイアの婚約者と決まってから、およそ一カ月。ジュードは皇帝自らみっちりしごかれているらしい。
 けれど花が萎れてしまう前に、新しい花冠は届く。砂糖菓子も、なくなってしまった頃を見計らったように届けられた。
(……暇じゃないくせに)
 今やジュードは、パリスメイアよりも多忙の身だ。以前は毎日のように重ねられていた午前中の逢瀬も、今では一週間に二日ほどあればいい程度。
 パリスメイアは再び後宮に戻ったが、王宮内の限られた場所であらば父王の許可なくとも出入りできるようになった。だが、もちろん皇帝以外の男性は後宮に入ることができない。そんな事情もあって、パリスメイアはジュードと顔をあわせることが減っていた。
 もちろんプレゼントは嬉しい。けど、そんなものを用意する時間があるなら――
(会いに来てくれたほうが、よっぽど――)
 と、そこまで考えてパリスメイアはぼっと顔を赤くした。何を考えているんだ。いやでも一応は婚約者なのだから、このくらいのことを考えてもおかしくはない、ないはずだ。
 けれど、それを素直にジュードに告げるなんてとんでもない。あの男のことだ、何年経ってもしっかり覚えてパリスメイアをからかうネタにするだろう。

 ――ならば。

「……ねぇ、アイラ」
「なんでしょう?」
「お願いが、あるのだけど」
 おずおずと口を開いたパリスメイアに、アイラは目を丸くした。





「ジュード様」
 待ち伏せていたのだろうか、ジュードが部屋に戻る途中でアイラに呼び止められた。
「……何か?」
 一瞬パリスメイアに何かあっただろうか、と思ったが、彼女の様子からしてどうも違うらしい。
「これをジュード様にと」
 くすくすと笑いながらアイラは花冠を、いや、花冠というにはいささか小さな花輪を、ジュードに差し出した。手首に入るくらいの大きさしかない上に、ところどころ花が飛び出している。
 花冠、にしたかったのだろうと思われるそれに、ジュードは笑みを零した。
「……彼女が?」
「ええ。これでもかなり綺麗に出来たんですよ」
 教えてほしいとお願いされまして、とアイラは笑った。
 花冠なんて、作れなくてもいいだろうに。ほしいというのなら、傍にいる限りいくらでも作ってやれる。
「言ってくれれば、俺が教えたんですけど」
 苦笑して呟いたあとで、ジュードは「ああ」と納得した。
 パリスメイアから贈られた花。花冠にすらならない大きさの、不器用さの滲むそれ。
「……そういうことですか?」
 アイラを見ると彼女は満足気に頷いた。
「そういうことだと思います。パリス様は素直じゃありませんから」
 昔は素直だったんですけどね、と言えばきっと目の前の侍女は力いっぱい頷くだろう。
 これは、不器用な婚約者からの、不器用なりの要求だ。
「わかりました。ありがとうございます、とだけ伝えてください」
「かしこまりました」



 パリスメイアがジュードに花を贈った、翌日だった。
「おはようございます」
 にっこりと微笑みながらパリスメイアの部屋を訪ねたのは、もちろん彼女の婚約者であるジュードだった。
「あ、貴方、なんでこんなところにいるの!?」
 会いたかったなんて感情よりも先に驚きのほうが湧き上がる。だって、ここは
「ここは後宮なのよ!?」
「陛下から許可はいただきましたよ」
「そんなまさか、だって」
「陛下の妃がいる後宮なら問題でしょうけど、ここには貴女しかいないじゃないですか」
 何か問題でも? とジュードはさらりと言ってのけているが、どう考えても皇帝があっさり許可したとは思えない。どんな舌戦が繰り広げられたことか。
「散々こき使われて、貴女に会う時間を奪われたんですからこのくらいの譲歩は当然でしょう」
 パリスメイアを後宮に戻したのも皇帝による嫌がらせだろう。そう簡単に娘をくれてやるつもりはないらしい。
「もう少し喜んでくれるものだと思ったんですけどね」
「……何をどうして私が喜ぶのよ」
「昨日の花は、会いにこいという催促だと受け取ったので」
「曲解も甚だしいでしょう! それは!」
 確かに、心の奥底ではそう思いながら作った。賢い彼ならきっと意味にも気づくだろうとも思っていた。
 花冠を作る暇があるなら会いにこい、と。そう皮肉を込めて作ったと言われれば頷くだろう。
「……おふたりとも、入り口で仲良く話すよりも中へお入りください。ただいまお茶をお持ちしますから」
 突っ立ったまま会話を続けるふたりに、アイラが呆れたように口を挟んだ。
「……入っても?」
「……どうぞ」
 自室に彼を招くのは初めてだ。王宮に用意されていた部屋は仮のものということもあって自分の部屋という意識はなかったのだが。
「あ」
 部屋に入ったジュードが小さく声をあげた。どうした、と彼の目線の先を見てパリスメイアも「あ」と顔を真っ赤にする。
 机の上には、彼の作った花冠が水を張った器に浮かんでいた。
「……わざわざ活けてたんですか?」
「は、花に罪はないでしょう! すぐに萎れてしまったらかわいそうじゃない」
 深い意味はないのだと口早に言い訳するが、その様子は特別なのだと告げているようなものだった。
 くすり、とジュードは嬉しそうに微笑む。

「パリスメイア」

 甘く囁かれた名に、パリスメイアは言葉を呑み込んだ。大きな手がパリスメイアの黒髪を撫でる。今顔を上げたら、きっとうつくしい緑の瞳と目があうだろう。わかっているから、顔を上げられない。
 緊張で身体を強張らせる婚約者に苦笑して、ジュードはゆるくその身体を抱きしめた。もとより力を入れたら壊れてしまいそうなくらいに細い身体だ。
「――会いたかった」
 耳元をかすめる低い声に、くるしいくらいに胸がいっぱいになる。
 わたしも、と素直に口にすることはできないけれど、応えるようにパリスメイアはそっと彼の背に腕を回した。



inserted by FC2 system