50title For you(金の姫/ヴェルナー)

君に訊きたいんだけれど

 彼女という人の中で、僕はいったいどういう立ち位置なんだろう。

 向かいのソファに腰かけた麗しの金の姫は、不機嫌顔で紅茶を飲んでいた。
「……フランさ、婚約者ほったらかしにして僕とお茶してていいわけ?」
 頬杖をつきながら問いかけると、フランディールはむすっとした表情のまま「いいの」と言った。つい一ヶ月ほどまえに婚約を果たしたというのに、どうしてこの二人は喧嘩なんてしているんだろう。
「どうして男の人ってあんなに……」
 と、何やらぶつぶつと言っているけど、今こうしてお茶を飲んでいる僕も男なんだけどなぁ。
 婚約者候補、という珍妙な役割を与えられたときから知っていた。彼女のなかで、僕は『恋愛対象』にはなりえないのだということを。
 一方的に想いを寄せていた身としては、むなしい。
「なにが原因でまた喧嘩してるのさ」
「……い、言えない」
 問い詰めてみると、フランディールは顔を真っ赤にしてそう答えた。ああ、うん……そう、と遠い目をする。なんかいろいろと悟った。胸の奥がむかむかするのは許してほしい。
「今はまだいいけどさ。さすがに結婚したあとはこういうのまずいんじゃないの」
 いや、今だっていいとは言えないだろう。なんせ他の人間からしてみれば『婚約者候補』だった人間だ。キリルもフランディールも気にしないだろうけど。
「……え、でも、友達と会うのがそんなにおかしいことかしら」
 寂しそうにフランディールが言うので、僕は思わず口籠る。……どうして、そういう顔するかな。
「友達……って。否定しないけど、そうだけど、他の人間からしてみればそうじゃないでしょ」
「……そうかしら、でも、私が友達って言えるのはヴェルくらいなのに」
 友達。その言葉に、以前なら胸に痛みを覚えることもあったかもしれない。

「――俺は、フランの友達?」

 素直に喜ぶこともできないけれど、じわりじわりと胸に広がるのは間違いなく歓喜で。笑みを浮かべて問うと、フランディールは頷いた。
「もちろん。ヴェルはずっと、一番大切な友達よ」

 君にとって、俺はなんなの?

 ずっと、随分前から渦巻いていた問いは、いとも簡単に答えを得た。
 叶わない恋ならば、最高とも思える居場所を、手に入れていた。叶えようとも思わない恋だった。
 はっきりしない二人に苛立つことはあったけれど、それで横から掻っ攫おうなんて思えなかった。もちろん、突然降って湧いて出てきたような男は別の話だ。
 初めて出会ったときから、彼女にはあいつしかいなかったのだと思う。ヒースに恋をしているときだって、一番自然体で笑っているのは、一番素直に甘えているのはキリルだった。兄のように慕っているだけだと本人は思っていたのかもしれないけれど、本当の兄にだってあんなに甘えてないじゃないか。
 そして彼も、ひょうひょうとして掴みどころがないくせに、フランディールのことになれば態度が変わった。彼女を護ることになんの疑問も抱かず、彼女の願いを叶えることを喜んでしていた。彼女を笑顔にすることを、なによりも優先していた。
「――じゃあその友達からの忠告だよ。恋人の我儘は可愛いものだけど、ほどほどにしておかないと向こうもどうしていいかわからなくなるんじゃないの」
 相手に非があるのならなおさらだ。いじけていても甘えてやらなきゃあの馬鹿はきっとまた踏み込んでいいのかどうか足踏みするだろう。フランディールが大事で大事で仕方ないって、最近の彼の顔には書いてある。
「……その恋人の暴走を止めるにはどうすればいいのかしら」
 むむむ、と顔を曇らせて悩みを零すフランディールに苦笑する。ああそう、あの馬鹿は恋人にも隠すことをやめたってこと?
「それこそ王妃様に聞けば? 慣れていらっしゃるんじゃないの。そういう扱いは」
「そ、そうかもしれない……」
 自分の両親を思い出したフランディールは複雑そうな顔で頷いた。王妃様を溺愛する陛下を諌めることができるのは、いつだって王妃様ただ一人なのだ。
 かさり、と東屋に近づいてくる人影に気づいて息を吐き出す。

「ほら、お迎えが来たよ」

 やってきた婚約者に、フランディールはぱっと顔を輝かせたあとですぐに不機嫌そうに装う。会えてうれしいくせに、と口に出さないのはさすがにあの馬鹿に聞かせるのは癪だからだ。

「フラン」

 名前を呼ばれると、フランディールはむすっとしたまま差し出された手を取る。
 その様子にくすくすと笑いながら余裕の表情のキリルに、わずかな嫉妬を感じるのはまだ淡い恋心が消え去っていないからか。

 けれどまぁ、いいじゃないかと自分に言い聞かせる。
 永遠の恋は証明できないかもしれないけれど、永遠の友情は、証明してみせるよ。


 ――僕は、君の一番の友達らしいから。

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