50title For you(金の姫/キリル・フラン)

君は僕にとって特別で


 小さな小さな赤ん坊をこの手に抱いた日のことを、今でもぼんやりと覚えている。あまりにも小さくて壊れそうだと思ったことと、とてもかわいくてかわいくて仕方なかったという気持ちだけ、鮮明に今も刻み込まれているのだ。



「フラン」

 城の廊下で、金の髪が揺れている。陽の光のもとでその髪は蜜色のような輝きを帯びていた。小さな頃から見ているけど、不思議な髪だ。
「キリル」
 振り返ったその身体を、そのまま抱きしめるとフランは「ちょ」と顔を真っ赤に染め上げた。
「な、なに急に」
「いや、見つけたからなんとなく」
「なんとなくって! 誰かに見られたら恥ずかしいでしょう!」
 見られたところで婚約していることは周知の事実なんだから気にすることないんじゃねぇの、と思ったが今にも爆発しそうな様子の婚約者をキリルはくすくすと笑いながら解放した。
「……キリルったら婚約してから変だわ」
「どこが?」
「何もかも! とても私から逃げ出した人には見えないわ」
 嫌味か、とキリルは苦笑する。逃げたという表現はまさに正しい。フランディールの傍にいては、耐えきれないと逃げ出したのだ。なんでもないフリをして、ただの従兄弟であるのには無理があった。
「言っとくけど、俺は俺なりに昔からおまえを甘やかしてるぞ」
 溺愛している陛下ほどじゃないけど。そしてセオルもなんだかんだで甘いし、キリルの両親もそれはそれは可愛がっているから、フランディールは本当に無自覚に甘やかされて育っている。
「そ、それはそうかもしれないけど、これは甘やかしているのとは違うじゃない」
 もごもごとフランディールが口籠らせる。
 そりゃあまぁ、従妹を甘やかすのと恋人を甘やかすのは違うと思いますけど――と言ったらきっと彼女は爆発しそうな気がする。顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら怒りそうな気がする。
「おまえさぁ、まだわかってないよなぁ」
 苦笑しながら呟くと、フランディールが首を傾げて「何が?」と問いかけてくる。ああほら、そういう仕草を男の前でするんじゃありません。かわいいから。
 こつん、と額を合わせると、青い瞳は動揺しながらもしっかりと至近距離で見つめ返してくる。この行為に甘やかさをあまり感じていないのは、小さい頃から傍にいすぎたからかもしれない。
「俺さ、フランが好きんだけど」
「し、知ってる」
「ほんとに?」
 くすりと笑うと、フランディールは口をぱくぱくさせて言葉を詰まらせる。
「おまえが俺を好きになってくれるよりも、ずっとずっと前からおまえが好きだったんだけど?」
「それは知らない!」
「生まれたときから、ずっと、フランだけが特別な女の子だったんだよ」
 ――知らなかっただろ?
 問うと、フランディールはきゅっと唇を引き結んで、今にも泣きだしそうな顔で睨むように見つめ返してくる。
「もっと早くこのくらい素直になってよ!」
 あれやこれを思い出しているのかもしれない。キリルは苦笑して「ごめん」と呟いた。

「男だって恋をすれば臆病にもなるよ」

 でもそれはもう昔の話。
 今は不思議なくらいに、無敵な気分だった。だって、大切な女の子はこの腕の中にある。


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