50title For you(銀の王子/セオル・カーネリア)

君だから好きになった

 ハウゼンランドの金の姫、と並んで有名なのがその兄君である銀の王子である。

 カーネリアは兄妹の並ぶ姿を見てなるほどと頷かざると得ない。木漏れ日の下で笑う二人は、目がくらむほどにうつくしい。まだ幼さの残る姫の笑顔は愛らしく、それを見守るセオルナードの姿は優しさを滲ませている。
 きらきらと輝く金の髪、銀の髪――そして深い青の瞳。
 宝石が人の形になったのであれば、まさにこういう姿になるのかもしれない。

「カーネリア?」

 見惚れてぼんやりとしていたカーネリアに、セオルナードが声をかける。
 はっと気づくと、美貌の青年は目の前で心配そうにこちらを見ていた。
「具合でも?」
「いえ、少しぼんやりしていて」
 あなたと妹姫に見惚れていました、なんて言えるわけもない。
「少し陽射しが強いですもの。向こうの東屋でお話してはいかがです? 私ももう行きますから」
「……どこへ?」
 するりと立ち去ろうとしたフランディールに、セオルナードがにっこりと問いかけた。ぎくりと、フランディールの身体が止まる。
「……フラン、剣の稽古は」
「お母様かお兄様と一緒に、でしょう? 耳にタコができてしまうわ。お二人とも忙しくて私の相手なんてしてくださらないくせに」
 ぷぅ、と頬を膨らませるフランディールはたいへんかわいらしい。しかし兄のセオルナードにそれは通用しないのだろう。冷静に見下ろしながら「フラン」ともう一度低く名を呟く。
「フラン様は剣まで使えるんですね」
 ふふ、と笑いながらカーネリアが場の雰囲気を和ませる。
「お母様が騎士でしたので。おままごと程度の腕ですけれど。カーネリア様もご一緒にいかが?」
「フラン!」
 なんてこと言い出すんだとセオルナードは驚いたが、カーネリアは「なるほど」と頷いた。普段勉強ばかりだったおかげで、運動には自信がない。けれど体力をつけるにはいいかもしれない。
「私にもできるかしら?」
「簡単ですわ! とは言いませんけど、いい運動になりますわ。お姫様だからって刺繍だの詩作だのと部屋に籠ってばかりじゃ身体も訛ってしまいます」
 女二人で盛り上がっている姿にセオルナードは溜息を吐き出す。
「二人とも、盛り上がるのはいいですけど、初心者だけでやるのはやめてくださいね」
 それならば自分が監視についたほうがいい、という結論に至ったのだろう。フランディールは満足げに笑っているので、策略家だなぁ、とカーネリアは思った。
「姫」
 遠くからフランディールを呼ぶ声がした。騎士団の人間だと一目でわかる姿で、確か姫の婚約者候補の一人だったはず、とカーネリアは見る。
「それでは。カーネリア様、今度ご一緒に稽古いたしましょうね!」
 ぱたぱたとフランディールがドレスの裾を翻し駆けていく。その横顔は恋する女の子のそれで、ああフラン様は彼に、とカーネリアは悟る。
 すらりとした立ち居振る舞いを見る限り、似合いだな、と思う。
「カーネリアが荒事に興味があるとは知りませんでした」
 苦笑しながら隣のセオルナードが呟く。
「興味……というか、普段あまり身体を動かさないものですから。たまにはいいかな、と。剣を振り回す女は嫌ですか?」
 フランディールが剣を握ることもよく思っていないような様子であった。まずいことを約束してしまっただろうかと不安になったが、セオルナードは微笑みながら「まさか」と言った。
「フランが言ったとおり、うちは母が騎士でしたからそんな偏見はありません。まぁ、その、心配ではありますけど」
 はにかむように笑うセオルナードに、くすぐったい気分になる。
 セオルナードは美しい。それは男の人とは比べようもないほどに、女性と比べても勝るとも劣らない――いや、そこらの女性よりもずっと美しい。
 カーネリアは自分の姿を見下ろす。あまり肉付きのよくない細い身体。髪は真っ赤で、セオルナードのように美しくもない。容姿も極めて一般的で、美人ではないと思う。
 どうしてこんなに素敵なセオルナードが自分を好いているのか、カーネリアは今でも不思議だ。
「セオル様は、どうして私を――」
 自分でも気づかずに呟いていて、カーネリアは思わず自分の手で口を塞いだ。何を馬鹿なことを聞こうとしたのか。
「カーネリア?」
 途中で言葉を切ってしまったので、セオルナードが首を傾げている。カーネリアはどうしよう、と焦りながら、小さな声で「なんでもありません」と答えた。
 セオルナードはじっとその青い瞳でカーネリアを見下ろし、やがて口を開いた。
「カーネリアは、俺のどこを好いてくれたんですか?」
 まさにカーネリアが思っていたことを、問うていた。
「……え?」
「顔ですか? 地位ですか?」
「まさか! それは、ただ付随してくるものでしょう」
 きっぱりと言い切ると、セオルナードは嬉しそうに笑う。少し子供っぽいその笑顔に、カーネリアの胸が鳴った。かわいい、なんて思う。
「……優しいところも、少し強引なところも、全部好きです」
「そっくりそのまま返します。俺も、あなたのすべてが好きです」
 ああ、ほら。
 そうして、ほしい言葉をくれる。
 甘やかされることになれていないのに、セオルナードはカーネリアを全力で甘やかしてくる。足元がふわふわして頼りない気分になるのに、それが心地いいんだと思わされる。
 囚われた甘い甘い檻は、きっと一生抜け出せない。



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